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晴天の霹靂(へきれき) ー大和回想ー
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暫くの沈黙の後、スッと障子が開く。
「焼き物をお持ち致しました」
加賀和牛が上品に載った皿が、空になった刺身の皿と引き換えに置かれた。
わ、すげぇ美味そう......
思わず目を引かれていると、食事が入ったことで先程の皆の緊張感がほぐれたように感じた。
親父は、わざとらしくゴホンと咳払いをした。スピーチの前に、皆の注目を集めるためによくやるやつだ。
「来栖さんの話は、分かりました。
では、私から結婚を認めるにあたっての条件をつけることにしましょう」
美姫が顔を引き攣らせた。
「条件、ですか」
親父は、凛子おばさんに顔を向けた。これは、間違いなく取引だ。
「このスキャンダルにより、来栖財閥はかつてない危機的状況にあり、株価は急激に下がり、下請け企業は経営困難に陥っている。そんな中、いくら世間にそちらのお嬢さんとうちの倅せがれが恋仲だって言ったって、世間がおいそれと信じるとは思えない。大和が世間から冷たい目を浴びるとしたら、それはひいては私の評判にも悪影響を与えかねない。
それだけのリスクを背負うには、それなりの見返りが必要になるのだと理解してもらいたいですな」
まるで自分が迷惑を被っているかのように話す親父に、俺は腸はらわたが煮えくり返る思いだった。
凛子おばさんが、声を固くした。
「それで、私たちに何をお望みですか」
親父がニヤついた笑みを見せ、ひろ兄を一瞥する。ひろ兄の手には白い封筒があり、中の紙を取り出して読み上げた。
「『婚姻取決書』
羽鳥大和を甲、来栖誠一郎を乙とし、以下のとおり取決めを締結することとする。
第1条 乙は、甲の婚姻の際に正式な婿養子として迎え入れる。
第2条 乙が逝去した場合、甲に遺産の半分を譲る。
第3条 乙は甲を、来栖財閥の後継者に据える。
第4条 甲の結婚式の際、乙は来栖財閥の重役や関連企業の重役、関わりのある政治家や芸能人を可能な限り多く招待する。
第5条 乙は年に一度開かれる親族会議に、甲の親族一同も出席させる。
第6条 乙は来栖財閥の業績を3年以内に回復させる」
この為に、俺たちに会うのを夜まで延ばしていたのか。取決めとか言いながら、向こうから一方的に押し付けてきてるだけじゃねぇか。
しかも、甲が俺で、乙が誠一郎おじさんって......どう考えても、逆だろ。
親父が来栖に対して優位に立ちたいってことが、書面上にも表れてる。いくら美姫に弱みがあるからって、こんなの脅しだ。
「書面を、もう一度確認させて下さい」
俺はわざとビジネス口調で言い、ひろ兄は黙って紙を渡した。
「私にも、見せて」
隣の美姫の声に従い、俺は凛子おばさんにも見えるように美姫の正面で紙を広げると、文面を追っていった。
婿養子とは言っても、ただ妻の姓を名乗るだけという形式的なものの方が今は多い。だが、親父の言う「正式な婿養子」とは、俺が婚姻に伴い美姫の両親と養子縁組をすることを指している。
つまり、俺は来栖家の養子になるのだ。
もし今の時点で誠一郎おじさんが逝去した場合の遺産相続の配分は、妻である凛子おばさんに半分、美姫が半分相続することになる。俺と美姫が普通に婚姻した場合や俺が来栖の姓を名乗るだけの場合、俺に相続権は発生しないので、遺産は分与されない。
だが、俺が婿養子に入った場合、俺は美姫と同じ実子扱いとなる。よって、遺産の半分は凛子おばさん、残りの半分を俺と美姫で分け合うことになる。
万が一俺たちが離婚することになって夫婦関係を解消することになっても、俺が養子であることに変わりはない。養子縁組を解消するには、別途届け出が必要になるからだ。
けど、親父の提示したのは、遺産の半分を俺に譲り受けさせるということだった。もし普通に婿養子として遺産の4分の1を受け取ったとしても、日本三大財閥のひとつである来栖財閥だ。現状でいくら来栖財閥の経営が傾いているとはいえ、赤字まではいっていない。国内では苦しい状況だが、世界中に財閥の支社や息のかかった企業があるので、全体的に見ればかなりの黒字のはずだ。
現在の資産を換算すれば、きっと相当な額になるだろう。
それにも関わらず、親父は誠一郎おじさんが逝去した場合の遺産の半分を俺に寄こせと言っている。どこまで、がめついんだ。
いや、親父は試しているのだ。
俺たちが、この結婚に対してどこまで本気なのか。
そしてあわよくば、来栖財閥を自分の手中に収めようという魂胆なのだ。
「焼き物をお持ち致しました」
加賀和牛が上品に載った皿が、空になった刺身の皿と引き換えに置かれた。
わ、すげぇ美味そう......
思わず目を引かれていると、食事が入ったことで先程の皆の緊張感がほぐれたように感じた。
親父は、わざとらしくゴホンと咳払いをした。スピーチの前に、皆の注目を集めるためによくやるやつだ。
「来栖さんの話は、分かりました。
では、私から結婚を認めるにあたっての条件をつけることにしましょう」
美姫が顔を引き攣らせた。
「条件、ですか」
親父は、凛子おばさんに顔を向けた。これは、間違いなく取引だ。
「このスキャンダルにより、来栖財閥はかつてない危機的状況にあり、株価は急激に下がり、下請け企業は経営困難に陥っている。そんな中、いくら世間にそちらのお嬢さんとうちの倅せがれが恋仲だって言ったって、世間がおいそれと信じるとは思えない。大和が世間から冷たい目を浴びるとしたら、それはひいては私の評判にも悪影響を与えかねない。
それだけのリスクを背負うには、それなりの見返りが必要になるのだと理解してもらいたいですな」
まるで自分が迷惑を被っているかのように話す親父に、俺は腸はらわたが煮えくり返る思いだった。
凛子おばさんが、声を固くした。
「それで、私たちに何をお望みですか」
親父がニヤついた笑みを見せ、ひろ兄を一瞥する。ひろ兄の手には白い封筒があり、中の紙を取り出して読み上げた。
「『婚姻取決書』
羽鳥大和を甲、来栖誠一郎を乙とし、以下のとおり取決めを締結することとする。
第1条 乙は、甲の婚姻の際に正式な婿養子として迎え入れる。
第2条 乙が逝去した場合、甲に遺産の半分を譲る。
第3条 乙は甲を、来栖財閥の後継者に据える。
第4条 甲の結婚式の際、乙は来栖財閥の重役や関連企業の重役、関わりのある政治家や芸能人を可能な限り多く招待する。
第5条 乙は年に一度開かれる親族会議に、甲の親族一同も出席させる。
第6条 乙は来栖財閥の業績を3年以内に回復させる」
この為に、俺たちに会うのを夜まで延ばしていたのか。取決めとか言いながら、向こうから一方的に押し付けてきてるだけじゃねぇか。
しかも、甲が俺で、乙が誠一郎おじさんって......どう考えても、逆だろ。
親父が来栖に対して優位に立ちたいってことが、書面上にも表れてる。いくら美姫に弱みがあるからって、こんなの脅しだ。
「書面を、もう一度確認させて下さい」
俺はわざとビジネス口調で言い、ひろ兄は黙って紙を渡した。
「私にも、見せて」
隣の美姫の声に従い、俺は凛子おばさんにも見えるように美姫の正面で紙を広げると、文面を追っていった。
婿養子とは言っても、ただ妻の姓を名乗るだけという形式的なものの方が今は多い。だが、親父の言う「正式な婿養子」とは、俺が婚姻に伴い美姫の両親と養子縁組をすることを指している。
つまり、俺は来栖家の養子になるのだ。
もし今の時点で誠一郎おじさんが逝去した場合の遺産相続の配分は、妻である凛子おばさんに半分、美姫が半分相続することになる。俺と美姫が普通に婚姻した場合や俺が来栖の姓を名乗るだけの場合、俺に相続権は発生しないので、遺産は分与されない。
だが、俺が婿養子に入った場合、俺は美姫と同じ実子扱いとなる。よって、遺産の半分は凛子おばさん、残りの半分を俺と美姫で分け合うことになる。
万が一俺たちが離婚することになって夫婦関係を解消することになっても、俺が養子であることに変わりはない。養子縁組を解消するには、別途届け出が必要になるからだ。
けど、親父の提示したのは、遺産の半分を俺に譲り受けさせるということだった。もし普通に婿養子として遺産の4分の1を受け取ったとしても、日本三大財閥のひとつである来栖財閥だ。現状でいくら来栖財閥の経営が傾いているとはいえ、赤字まではいっていない。国内では苦しい状況だが、世界中に財閥の支社や息のかかった企業があるので、全体的に見ればかなりの黒字のはずだ。
現在の資産を換算すれば、きっと相当な額になるだろう。
それにも関わらず、親父は誠一郎おじさんが逝去した場合の遺産の半分を俺に寄こせと言っている。どこまで、がめついんだ。
いや、親父は試しているのだ。
俺たちが、この結婚に対してどこまで本気なのか。
そしてあわよくば、来栖財閥を自分の手中に収めようという魂胆なのだ。
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