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晴天の霹靂(へきれき) ー大和回想ー
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「あり、がとう......」
力ない笑みを見せると、美姫は一旦深呼吸し、それから再び話し出した。
「......まるで取り憑かれたかのようにピアノを弾き続ける秀一さんに、私は必死に縋りついたの。正気を取り戻し、自分が無意識のうちにピアノを弾いていたのだと知った秀一さんは全身を震わせていた。
私は彼に、ピアノを弾くように懇願した。このままでは、秀一さんが壊れてしまうと思ったから。けれ、ど秀一さんは......ウゥッ.....わた、しの......話を、聞いてくれることはなく......て......ッグ」
美姫はその時のことを思い出したのか、両手で口を抑えて嗚咽し、涙を流した。
「わた......しの、せい......ッハア.....ッグゥゥゥ.....ッッ」
美姫は、来栖秀一の狂気に追い詰められている。
---救って、やりたい。
心の奥底からそんな感情が湧き上がるが、それを口に出すことは出来なかった。
俺には、美姫を救うことなんて出来ない。いつもただ、遠くでお前のことを祈るしか、俺には出来ないんだ。今もこうして、美姫が痛み、傷つくのをただ見ていることしか出来ない......
精神が疲弊しすぎたのか、まるで魂の抜けたような抑揚のない口調で美姫が話し出す。それは、空恐ろしさを感じさせた。
「ッハァ......私たちにはもう、行き着く先なんてなかった。ただ、堕ちていくだけ。
秀一さんがピアノルームの鍵を捨て。スクープ写真を撮ったカメラマンの自殺が秀一さんの指示であったことを知り」
お、おい......マジ、かよ......それって、犯罪だろ。
動揺する俺を尻目に、美姫は、そんなことは大したことではないというように淡々と話し続ける。
「秀一さんが、私の本当の気持ちを理解していなかったのだと分かり......私は、絶望した。
その時、私の脳裏に過ぎったのは......いっそ、ふたりで死ねば楽になるだろうか、ってことだった」
感情を込めない美姫の声音が、逆に現実味を伴い、背筋が寒くなった。
俺が心配してたように、美姫は......あいつと、心中を謀ろうとしてたってことか......
心臓がギリギリと締め上げられる。
「私は、秀一さんに息の根を止めてもらおうとしたけれど......逆に彼は、私の手を彼の首へと導いた。
私には......秀一さんを殺すことは出来なかった。
秀一さんは、私を心の底から愛していると言ってくれた。未来など、なくてもいいと。ただ、私が彼の隣にいることが彼の全てだと言ってくれた......
けれど......私にはもう、以前のような気持ちで彼の言葉を受け取ることは出来なかった。
秀一さんを追い詰めてしまったことに深い罪悪感を感じながら死ぬことも出来ず、彼の狂気に染まった愛情に悲しみ、絶望し、空虚を抱えていた」
ガンッ!
行き場のないやりきれない思いを抱え、俺は思わずテーブルを殴りつけた。
「ごめ......」
美姫は躰を一瞬だけビクッとさせてから、弱々しく首を振った。居た堪れなくなり俯いた俺の拳が、痛みでジンジン疼いた。
「そんな時......お母様が、私たちの前に現れた。そして、お父様の危篤を告げた。
お母様は、私たちが雲隠れしている間、現実の世界で何が起こっているのか説明した。私と秀一さんの問題だけでなく、来栖財閥自体にも私たちのスキャンダルが影響を受けていると......
財閥を救うためお父様は傷心の中必死に奔走し、無理がたたって倒れられたのだと聞き、私はショックを受けた。
お母様は私に、病院に一緒に来るようにと懇願した。お父様には、私が必要だと仰って......私は、そこで決意したの」
俺は、全身を緊張させた。
「秀一さんと、ウィーンに行くことを。私は彼に一緒にウィーンに行く代わりに、その前にお父様に会わせて欲しいと頼んだの。
秀一さんは、3日後の朝10時、成田空港で会うことを告げ、私を病院に行くことを承諾してくれた」
俺の全身から、力が抜けた。
じゃあ、美姫は......これから、来栖秀一とウィーンに行くつもりなのか。
また、美姫が......俺の手の届かないところに行ってしまう。
嫌だ。嫌、だ......
美姫を、行かせたくない。
心が、さざ波のように揺れる。
「ッグ......」
だが、俺が止めたところで、美姫の気持ちが変わるはずなんてない。
---美姫の全ては、あいつのものなのだから......
力ない笑みを見せると、美姫は一旦深呼吸し、それから再び話し出した。
「......まるで取り憑かれたかのようにピアノを弾き続ける秀一さんに、私は必死に縋りついたの。正気を取り戻し、自分が無意識のうちにピアノを弾いていたのだと知った秀一さんは全身を震わせていた。
私は彼に、ピアノを弾くように懇願した。このままでは、秀一さんが壊れてしまうと思ったから。けれ、ど秀一さんは......ウゥッ.....わた、しの......話を、聞いてくれることはなく......て......ッグ」
美姫はその時のことを思い出したのか、両手で口を抑えて嗚咽し、涙を流した。
「わた......しの、せい......ッハア.....ッグゥゥゥ.....ッッ」
美姫は、来栖秀一の狂気に追い詰められている。
---救って、やりたい。
心の奥底からそんな感情が湧き上がるが、それを口に出すことは出来なかった。
俺には、美姫を救うことなんて出来ない。いつもただ、遠くでお前のことを祈るしか、俺には出来ないんだ。今もこうして、美姫が痛み、傷つくのをただ見ていることしか出来ない......
精神が疲弊しすぎたのか、まるで魂の抜けたような抑揚のない口調で美姫が話し出す。それは、空恐ろしさを感じさせた。
「ッハァ......私たちにはもう、行き着く先なんてなかった。ただ、堕ちていくだけ。
秀一さんがピアノルームの鍵を捨て。スクープ写真を撮ったカメラマンの自殺が秀一さんの指示であったことを知り」
お、おい......マジ、かよ......それって、犯罪だろ。
動揺する俺を尻目に、美姫は、そんなことは大したことではないというように淡々と話し続ける。
「秀一さんが、私の本当の気持ちを理解していなかったのだと分かり......私は、絶望した。
その時、私の脳裏に過ぎったのは......いっそ、ふたりで死ねば楽になるだろうか、ってことだった」
感情を込めない美姫の声音が、逆に現実味を伴い、背筋が寒くなった。
俺が心配してたように、美姫は......あいつと、心中を謀ろうとしてたってことか......
心臓がギリギリと締め上げられる。
「私は、秀一さんに息の根を止めてもらおうとしたけれど......逆に彼は、私の手を彼の首へと導いた。
私には......秀一さんを殺すことは出来なかった。
秀一さんは、私を心の底から愛していると言ってくれた。未来など、なくてもいいと。ただ、私が彼の隣にいることが彼の全てだと言ってくれた......
けれど......私にはもう、以前のような気持ちで彼の言葉を受け取ることは出来なかった。
秀一さんを追い詰めてしまったことに深い罪悪感を感じながら死ぬことも出来ず、彼の狂気に染まった愛情に悲しみ、絶望し、空虚を抱えていた」
ガンッ!
行き場のないやりきれない思いを抱え、俺は思わずテーブルを殴りつけた。
「ごめ......」
美姫は躰を一瞬だけビクッとさせてから、弱々しく首を振った。居た堪れなくなり俯いた俺の拳が、痛みでジンジン疼いた。
「そんな時......お母様が、私たちの前に現れた。そして、お父様の危篤を告げた。
お母様は、私たちが雲隠れしている間、現実の世界で何が起こっているのか説明した。私と秀一さんの問題だけでなく、来栖財閥自体にも私たちのスキャンダルが影響を受けていると......
財閥を救うためお父様は傷心の中必死に奔走し、無理がたたって倒れられたのだと聞き、私はショックを受けた。
お母様は私に、病院に一緒に来るようにと懇願した。お父様には、私が必要だと仰って......私は、そこで決意したの」
俺は、全身を緊張させた。
「秀一さんと、ウィーンに行くことを。私は彼に一緒にウィーンに行く代わりに、その前にお父様に会わせて欲しいと頼んだの。
秀一さんは、3日後の朝10時、成田空港で会うことを告げ、私を病院に行くことを承諾してくれた」
俺の全身から、力が抜けた。
じゃあ、美姫は......これから、来栖秀一とウィーンに行くつもりなのか。
また、美姫が......俺の手の届かないところに行ってしまう。
嫌だ。嫌、だ......
美姫を、行かせたくない。
心が、さざ波のように揺れる。
「ッグ......」
だが、俺が止めたところで、美姫の気持ちが変わるはずなんてない。
---美姫の全ては、あいつのものなのだから......
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