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首痕
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大和の住んでいたアパートは広さ的には2人で住めないこともなかったが、警備員やクロークがおらず、誰でも自由に入れるためセキュリティが万全であるとは決して言えない。しかもマスコミが連日訪れるため、ふたりで生活を始めれば更に追いかけ回されることになるだろう。
だが、ここで暮らせない最大の理由は別にあった。
大和のアパートの部屋は、美姫が礼音に襲われた日に運んでもらった場所でもある。秀一を思い出させるような場所で、新しい生活など出来るはずない。まずは、ふたりが新生活を始めるための場所探しから始めなければならなかった。
来栖財閥は未だ世間からの信頼を取り戻すため、必死に再建の道をはかっている。こんな時に、いくら自分の財産を使うとはいえ、両親は美姫のためにマンションを購入することはできなかった。そんなことをすれば、世間の批判を浴びることは目に見えているからだ。
そこで、事情を聞いた大和の長兄である大地が、自分が住んでいたマンションの自宅を譲ってくれることになった。そこは彼が大学生だった頃から住んでおり、出身である大和と同じ青海学園大学からは徒歩10分という好立地。セキュリティも万全で3LDKと、2人で住むにも十分な広さを備えている。
『ここ数年は大瀧先生の事務所で寝泊まりすることが多くて、ちょうど引越しを考えてたところだから気にするな。
中古で申し訳ないが、ふたりへの結婚祝いってことにさせてくれ』
大地はそう言って、微笑んだ。
婚約発表してからもそうだったが、一緒に暮らし始めても、大和は美姫に手を出すことはしなかった。頭を撫でたり、肩を叩いたりといったスキンシップはするものの、それ以上のことは求めない。
寝る時にも、それぞれの部屋で寝た。
『俺は隣にいるから。何かあったら、すぐ呼べよ』
いつも優しく、美姫に気を遣ってくれる大和。美姫は、そんな彼に感謝しつつも、一方で苦しい思いも抱えていた。
本当は、ひとりになるのが恐くてたまらない。
特に、夜眠るときには......どうしても、秀一のことを考えずにはいられなくなるからだ。
秀一をウィーンに送ったことを後悔はしていない。
けれど、未だ彼を愛する気持ちは消えていない。
秀一と過ごした日々が次々に脳裏に浮かび上がり、夜毎、美姫を苦しめる。躰の内奥に刻まれた、激しく深く愛し合った痕跡がズキズキと全身に痛みを走らせる。美姫は唇を噛み締め、涙を流し、ひたすら夜が明けるのを待った。
時に訪れる微睡みは、悪夢となって美姫を暗闇へと引き摺り込む。だからといって、美姫は自分から大和に一緒に寝て欲しいと頼むことはできなかった。
もう、秀一のいない寂しさを大和で埋めるようなことはしない。
ちゃんと大和の愛情とまっすぐに向き合うって決めたから。
だが、それだけではない理由も美姫の中にあった。
婚約し、結婚することを決めたととはいえ......大和と躰を重ねることに躊躇いもあったからだ。
けれど......今夜の美姫は、どうしても一人になりたくなかった。
またあの夢を見るのじゃないかと、恐くて。
暗闇の深淵にまで引き摺り込まれそうな気がして。
部屋に戻ろうとする大和の手首を、美姫は掴んだ。
「大和......今夜は、一緒に寝てくれないかな」
だが、ここで暮らせない最大の理由は別にあった。
大和のアパートの部屋は、美姫が礼音に襲われた日に運んでもらった場所でもある。秀一を思い出させるような場所で、新しい生活など出来るはずない。まずは、ふたりが新生活を始めるための場所探しから始めなければならなかった。
来栖財閥は未だ世間からの信頼を取り戻すため、必死に再建の道をはかっている。こんな時に、いくら自分の財産を使うとはいえ、両親は美姫のためにマンションを購入することはできなかった。そんなことをすれば、世間の批判を浴びることは目に見えているからだ。
そこで、事情を聞いた大和の長兄である大地が、自分が住んでいたマンションの自宅を譲ってくれることになった。そこは彼が大学生だった頃から住んでおり、出身である大和と同じ青海学園大学からは徒歩10分という好立地。セキュリティも万全で3LDKと、2人で住むにも十分な広さを備えている。
『ここ数年は大瀧先生の事務所で寝泊まりすることが多くて、ちょうど引越しを考えてたところだから気にするな。
中古で申し訳ないが、ふたりへの結婚祝いってことにさせてくれ』
大地はそう言って、微笑んだ。
婚約発表してからもそうだったが、一緒に暮らし始めても、大和は美姫に手を出すことはしなかった。頭を撫でたり、肩を叩いたりといったスキンシップはするものの、それ以上のことは求めない。
寝る時にも、それぞれの部屋で寝た。
『俺は隣にいるから。何かあったら、すぐ呼べよ』
いつも優しく、美姫に気を遣ってくれる大和。美姫は、そんな彼に感謝しつつも、一方で苦しい思いも抱えていた。
本当は、ひとりになるのが恐くてたまらない。
特に、夜眠るときには......どうしても、秀一のことを考えずにはいられなくなるからだ。
秀一をウィーンに送ったことを後悔はしていない。
けれど、未だ彼を愛する気持ちは消えていない。
秀一と過ごした日々が次々に脳裏に浮かび上がり、夜毎、美姫を苦しめる。躰の内奥に刻まれた、激しく深く愛し合った痕跡がズキズキと全身に痛みを走らせる。美姫は唇を噛み締め、涙を流し、ひたすら夜が明けるのを待った。
時に訪れる微睡みは、悪夢となって美姫を暗闇へと引き摺り込む。だからといって、美姫は自分から大和に一緒に寝て欲しいと頼むことはできなかった。
もう、秀一のいない寂しさを大和で埋めるようなことはしない。
ちゃんと大和の愛情とまっすぐに向き合うって決めたから。
だが、それだけではない理由も美姫の中にあった。
婚約し、結婚することを決めたととはいえ......大和と躰を重ねることに躊躇いもあったからだ。
けれど......今夜の美姫は、どうしても一人になりたくなかった。
またあの夢を見るのじゃないかと、恐くて。
暗闇の深淵にまで引き摺り込まれそうな気がして。
部屋に戻ろうとする大和の手首を、美姫は掴んだ。
「大和......今夜は、一緒に寝てくれないかな」
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