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愛憎の果て
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だが、それでも美姫の決心が揺らぐことはなかった。
「私は......全てを捨てて、秀一さんとウィーンに行くことなど、出来ません。こうなってしまったのは、私の責任です。
私はこれからお母様と、大和と協力して、来栖財閥の信用を取り戻し、お祖父様とお父様が築き上げた来栖財閥を守っていくつもりです」
秀一は美姫の頬を大きな手で包み込み、美しいライトグレーの瞳を近づけた。
「美姫、今まで会社経営に携わったことのない貴女ができることなど、何もありません。来栖財閥は崩壊します。こうなることは、運命だったのです。
私は貴女をどこにも行かせません。貴女だって、私から離れられるわけがないのです。
美姫、両親への情は捨てるのです。
私だけが貴女の世界なのです。
私だけいれば、それでいいのです」
美姫は、必死の決意をして告げたにも関わらず、まるで幼い子供を宥めるように言い聞かせる秀一に憤りを感じた。
秀一さんは、そうやっていつも私を子供扱いする。私は、一時の感情に任せてこんなことしてるわけじゃ、ないのに......
秀一さんは、全然分かってない。
「お父様の為だけじゃ......来栖財閥や、世間の為だけじゃ、ないんです。本当は、お父様のことすら......私にとっては、二の次なのかもしれない。
私がここに残る決意をした本当の理由は......秀一さん、貴方の為なんです」
「なぜ、私の......為、なんですか」
秀一が、腑に落ちないという表情で美姫を見つめる。
美姫が潤んだ瞳で切なく秀一を見つめた。
「ふたりの関係が発覚してログハウスに辿り着いて......私、その時、不思議と不安を感じなかったんです。
これからはなんの心配もしなくてもいいんだ。秀一さんとふたりきりでずっといられると思って、幸せでした。
けれど......生活するうちに、分かったんです。秀一さんは、ピアノなくして生活することは出来ないって。
貴方は、ピアニストになるべくして生まれた人です。『ピアノ界の巨匠』モルテッソーニですら認める、類い稀な才能を持っているんです。
私は......私のために、その才能を捨てて欲しくないんです」
本当は、ずっと桃源郷に住んでいたかった。
幸せな夢の中に。
でも、それは出来ないと気付いたから......
秀一が僅かに震え、動揺が伝わった。
「何を......言っているのですか。ピアノを捨てる事など、美姫を失うことと比べたら、なんてことはありません。
言ったでしょう? 私にとって何よりも大切なのは貴女だけなのです。
それ以外のものは、どうだっていいのです」
秀一が唇を寄せようとするのを、美姫の手が押し退ける。
「嘘です!」
悲痛な声を上げた。
「秀一さんだって、気づいていたはずです。貴方の指が、全身が、頭が、心が、魂が......ピアノを求めています。それは、貴方の生活の一部であり、肉や骨のように、躰の一部であり、魂を形作っているものなんです。
私はそれを、奪う事など出来ない。
秀一さん、貴方は世界中の聴衆を魅了することが出来る、一流のピアニストなんです。世界が、貴方が戻ってくるのを待っています。
私の元になど、引き止めてはいけないんです......」
ログハウスで、魔力に引き寄せられるかのようにピアノに向かい、取り憑かれたかのように一心に曲を奏でる秀一の姿を思い出し、美姫は睫毛を伏せた。
秀一が美姫の手を取り、引き寄せる。
「では、美姫も一緒に来てください。
貴女なしではピアノを弾く事など、出来ません。貴女が来てくれるのであれば、私は世界が誇る一流のピアニストになることをお約束しましょう」
美姫は掴まれたその手を、もう一方の震える手で弱々しく押し返し、込み上げる嗚咽を飲み下した。
「わた、しは.....行け、ません」
「なぜ!?なぜ、なのですか!?
叔父と姪の禁忌の関係? フッ、そんなことなど、世間に言わせておけばいいのです。
私は、周りの戯言など気にしません。貴女が傍にいてくれれば、どんな非難や批判だって受け止めてみせます」
秀一は美しい顔を歪め、美姫の両腕を強く掴んだ。
「私は......全てを捨てて、秀一さんとウィーンに行くことなど、出来ません。こうなってしまったのは、私の責任です。
私はこれからお母様と、大和と協力して、来栖財閥の信用を取り戻し、お祖父様とお父様が築き上げた来栖財閥を守っていくつもりです」
秀一は美姫の頬を大きな手で包み込み、美しいライトグレーの瞳を近づけた。
「美姫、今まで会社経営に携わったことのない貴女ができることなど、何もありません。来栖財閥は崩壊します。こうなることは、運命だったのです。
私は貴女をどこにも行かせません。貴女だって、私から離れられるわけがないのです。
美姫、両親への情は捨てるのです。
私だけが貴女の世界なのです。
私だけいれば、それでいいのです」
美姫は、必死の決意をして告げたにも関わらず、まるで幼い子供を宥めるように言い聞かせる秀一に憤りを感じた。
秀一さんは、そうやっていつも私を子供扱いする。私は、一時の感情に任せてこんなことしてるわけじゃ、ないのに......
秀一さんは、全然分かってない。
「お父様の為だけじゃ......来栖財閥や、世間の為だけじゃ、ないんです。本当は、お父様のことすら......私にとっては、二の次なのかもしれない。
私がここに残る決意をした本当の理由は......秀一さん、貴方の為なんです」
「なぜ、私の......為、なんですか」
秀一が、腑に落ちないという表情で美姫を見つめる。
美姫が潤んだ瞳で切なく秀一を見つめた。
「ふたりの関係が発覚してログハウスに辿り着いて......私、その時、不思議と不安を感じなかったんです。
これからはなんの心配もしなくてもいいんだ。秀一さんとふたりきりでずっといられると思って、幸せでした。
けれど......生活するうちに、分かったんです。秀一さんは、ピアノなくして生活することは出来ないって。
貴方は、ピアニストになるべくして生まれた人です。『ピアノ界の巨匠』モルテッソーニですら認める、類い稀な才能を持っているんです。
私は......私のために、その才能を捨てて欲しくないんです」
本当は、ずっと桃源郷に住んでいたかった。
幸せな夢の中に。
でも、それは出来ないと気付いたから......
秀一が僅かに震え、動揺が伝わった。
「何を......言っているのですか。ピアノを捨てる事など、美姫を失うことと比べたら、なんてことはありません。
言ったでしょう? 私にとって何よりも大切なのは貴女だけなのです。
それ以外のものは、どうだっていいのです」
秀一が唇を寄せようとするのを、美姫の手が押し退ける。
「嘘です!」
悲痛な声を上げた。
「秀一さんだって、気づいていたはずです。貴方の指が、全身が、頭が、心が、魂が......ピアノを求めています。それは、貴方の生活の一部であり、肉や骨のように、躰の一部であり、魂を形作っているものなんです。
私はそれを、奪う事など出来ない。
秀一さん、貴方は世界中の聴衆を魅了することが出来る、一流のピアニストなんです。世界が、貴方が戻ってくるのを待っています。
私の元になど、引き止めてはいけないんです......」
ログハウスで、魔力に引き寄せられるかのようにピアノに向かい、取り憑かれたかのように一心に曲を奏でる秀一の姿を思い出し、美姫は睫毛を伏せた。
秀一が美姫の手を取り、引き寄せる。
「では、美姫も一緒に来てください。
貴女なしではピアノを弾く事など、出来ません。貴女が来てくれるのであれば、私は世界が誇る一流のピアニストになることをお約束しましょう」
美姫は掴まれたその手を、もう一方の震える手で弱々しく押し返し、込み上げる嗚咽を飲み下した。
「わた、しは.....行け、ません」
「なぜ!?なぜ、なのですか!?
叔父と姪の禁忌の関係? フッ、そんなことなど、世間に言わせておけばいいのです。
私は、周りの戯言など気にしません。貴女が傍にいてくれれば、どんな非難や批判だって受け止めてみせます」
秀一は美しい顔を歪め、美姫の両腕を強く掴んだ。
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