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愛憎の果て

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 秀一はリモコンを手にし、TVを消した。

「貴女と羽鳥大和が寄り添っているところなど、見たくもありません。
 これが演技だと分かっていながらも、貴女は私がどれほど嫉妬に狂いそうになったのか......ご存知ですか」

 秀一が横に座っていた美姫の腰に腕を回し、引き寄せた。甘い口づけがうなじに落とされ、美姫がフッと吐息をつく。

 だが、震える声で、しかしはっきりと秀一に向かって告げた。


「秀一さん......
 私は、ウィーンへは行きません」


 秀一の美しい眉がみるみる上がる。うなじに寄せていた唇を離し、美姫を膝の上に座らせ、正面に見据えた。

「み、き......何、を......言っているのですか。ここ、日本にはもういられないと言ったのは、貴女ですよ。
 たとえ羽鳥大和との偽の婚約発表をしたところで、私たちが日本にいる限り、マスコミに追いかけられる日々を過ごさなくてはならないのですよ?」

 美姫は悲愴な表情を、彼の訝しむ瞳に映りこませた。

「あの婚約発表は......嘘、なんかじゃありません。
 私は、大和と正式に婚約しました......彼と、結婚します」

 自分たちがウィーンに逃亡するために打ったと思っていた偽の記者会見は、実は本物だった。美姫は秀一とはウィーンには行かず、日本に残り、大和と結婚する。

 予想だにしていなかった突然の美姫の発言に秀一は驚愕し、声さえ発することが出来ずにいた。

 ど、どうしてですか......
 なぜ美姫は突然、心変わりを......

 そんな秀一を目の前に、美姫は哀しみに瞳を揺らした。

「お医者様から、お父様の余命は......2年もたないかもしれないと、聞かされました。さまざまなストレスが重なってしまったことが原因で、心不全を起こしたのだとも。
 お父様を死の間際に追いやってしまったのは、私なんです」

 秀一は兄の余命が2年であることにショックを受けるよりも、そう告げた医師を憎らしくさえ思った。

 医師が余計なことさえ言わなければ、美姫はここまで思い悩むことはなかったでしょう。そのまま自分の元へと戻り、何事もなくウィーンに行けたものを。

 秀一は、ギリッと歯噛みした。

 あの時、やはり美姫を一人で行かせるべきではありませんでした。

 ウィーンに行くと決断してくれた美姫を目の前にして、私は急に未来が開けたように感じてしまった。父親と面会したぐらいで、美姫の気持ちが変わることなどありえないと過信するべきではありませんでした。

 ......いえ、違います。

 私は、姉様に余裕のあるところを見せたかった。そして、証明して見せたかったのだ。

 いくら両親が必死に説得しようとも、美姫の気持ちが変わることなどないと。
 私達の愛は、それほどまでに深いのだと。

 それが、こんな皮肉な結果になるとは思わずに。
  
 美姫は心優しく、周りに影響され、感情に流されやすいという面があります。今は父親の危篤、そして余命を聞き、そのことで頭がいっぱいになっているだけ。
 ウィーンに行き、私と新たな生活を始めれば、次第に父親のことも、世間のことも忘れていくでしょう。

 ......私が、忘れさせてみせます。


「美姫。残念ですが、貴女がここにいようがいなかろうが、兄様の余命が変わることはありません。
 貴女は、これから私とウィーンに行くのです」

 鋭い、ナイフのような言葉が突き刺さる。
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