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叩扉(こうひ)

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 美姫は付き添い人用の和室の畳の上で膝を抱え、一点を見つめていた。けれど、その視線は何かを見つめるというよりは、何も見つめていないと言った方が正しかった。

 私が、お父様を死に追いやったんだ......私がお父様の愛情に背き、秀一さんを選び、失踪したために。

 お父様は私の裏切りにショックを受けながらも、来栖財閥のトップとして、危機的状況に陥った財閥を救わなければならなかった。たくさんのストレスを抱えながら、奔走しなければならなかったんだ。
 あんなに痩せこけ、一気に白髪が増え、心不全を起こしてしまうほどに......

 私は、お父様を追い詰めてしまった。

 私はその間、お父様がどんな状況にあるかなど理解しようともせず、秀一さんとふたりだけの世界で、苦しみから逃れることしか考えていなかった。
 楽しいことだけ、幸せなことだけ考えようとして、全て、忘れようとしていた......

 あそこが桃源郷でなくなってからも、それに必死にしがみついていた。

 お母様が迎えに来て、お父様の危篤を聞かされてさえも、秀一さんと離れることなど考えられなかった。
 お父様に会ってから別れを告げ、3日後に秀一さんとウィーンに発ち.....また全てから逃げ、新たな生活を始めようと考えていた。

 私は、なんて酷い娘なの......

 和室の障子は開けっ放しになっていて、そこから応接テーブルと椅子が見えた。そこには、母が項垂れて力を失くして座っていた。

 こんなに活気のない母を見るのは、初めてだった。ログハウスに訪れた際のあの鬼気迫る様子は、夫を救いたいという一心での行動だったのだろう。

 ---もし、私がウィーンに旅立てば......秀一さんと私は、叔父と姪の恋人関係であると認めたことになる。
 世間からの批判は、ますます大きくなるだろう。来栖財閥は今以上の危機に瀕することになる。

 そんな中、来栖財閥社長であるお父様は倒れ、頼りになるはずの秘書のお母様もお父様が倒れたことにより、気力を失っている。

 このままでは......来栖財閥の崩壊は、免れない。

 私は......愛情かけて育ててもらったお父様とお母様に何の恩返しをすることもなく、それどころか恩を仇で返してしまった。

「コホン...」と小さく咳をする父の声が聞こえ、美姫は身を震わせた。

 お父様は、死ぬのだろうか......

 ここを離れたら、ウィーンに行ってしまったら、私は二度と戻って来られない。
 お父様の死に目に会えないどころか.....お葬式にも参列出来ず、お墓まいりもすることが出来ないんだ。

 それを考えた時、美姫の胸は酷く締め付けられた。

 だからと言って、私に何が出来るの?
 お母様は、私が必要だと仰ったけど......今更、懺悔したとしても、罪が消えることなどない。事態はもう、収拾つかないところまで来てしまっている。

 ---私には、どうすることも......出来ない。
 崩壊していく財閥を、失ってしまった信頼を取り戻す手立てを、私は持たない。

 私には、何の力も能力もない...... 
 どうしていいのか、分からない。
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