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桃源郷
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ラベンダーの香りのする清潔なリネンの代わりに、湿った匂いのする冷たいシーツに躰を預ける。
高い天井から照らされた白い傘を被った白熱電球。埃と木材の香りのする、見知らぬ場所......
「寒く、ないですか」
労わるように声をかける秀一に、美姫は乞うように愛しい人のライトグレーの瞳を見上げた。
改めて、思い知らされる。
もう、あの場所には戻れないのだと。
ふたりで過ごした、あの場所に。
「なぜ、私は秀一さんの姪として生まれてきてしまったの......他人として生まれてきたら、よかった。別の形で出会っていたら、これほど辛い思いをすることはなかったのに。
秀一さんが、ピアノを諦めることも......なかったのに......」
美姫は、縋るように秀一の背中に腕を回した。
それは、ウィーンで秀一が美姫を抱こうとしてフラッシュバックを起こした後、秀一が彼女を避けるようになり、秀一の愛情を確かめる為に心の奥底にあった禁忌の関係を吐露した際に漏らした言葉と重なる。
『どうして私は、秀一さんの姪として生まれてきてしまったんだろうって……何も関係ない…ただの他人として生まれてきたかった、って……』
抑えつけようとしても、何度も何度もその考えが浮かんでしまう。
姪として生まれなければ、禁忌の関係に悩むこともなかったのに。
両親を傷つけることも、友人から裏切られることも、世間から後ろ指さされることもなく......
幸せな恋人として、愛し合うことが出来たというのに。
「美姫......貴女は、私たちの美しい過去の思い出まで穢そうとしているのですか」
その声に、美姫が顔を上げる。
「もし私たちが叔父と姪の関係でなければ、私は貴女を深く知ることは出来ませんでした。私は貴女の存在に癒され、心安らげる場所として救われ、貴女を姪として愛おしく思う気持ちがいつしか一人の女性として愛する気持ちに変化していました。
私は貴女が姪として生まれてこなければよかった、などと思ったことは一度もありませんよ。貴女が私の姪として生まれてきたことも、恋に落ちてしまったことも......必然だったのです。
それが、たとえ悪魔に祝福された禁忌の愛だったとしても、私は後悔など一切ありません。美姫、私たちの大切な思い出をどうか否定しないで下さい」
過去の思い出が次々に浮かぶ。
一緒に行った夏祭り。
初めて作ったバレンタインのチョコレート。
お返しにもらった失敗したクッキー。
無邪気に手をとって挙げた、ふたりだけの結婚式......
どれも皆、美姫にとっては幸せに包まれた大切な思い出だ。
穢したく、ない。
否定なんて、出来ない。
秀一さんがそうであったように、私も生まれてからずっと秀一さんの側にいて、彼を叔父として慕う気持ちがいつしかひとりの男性として愛するようになっていた。
過去があるから、今の私がある。
秀一さんを愛している自分がいるんだ。
それなら......
どうして、叔父と姪は結ばれてはいけないの。
世間に後ろ指さされなくてはいけないの。
---私たちは、純粋に愛し合っているだけなのに。
「私たちの深い思いなど、他人には推し量れません。
貴女さえ、分かっていればいい。貴女さえ、いてくれれば......」
秀一に抱き締められ、美姫は嗚咽を漏らした。
忘れよう、何もかも。
お父様のことも、お母様のことも。
来栖家の血塗られた過去も。
秀一さんの辛い記憶も。
久美の憎悪も。
世間に私たちの関係が知られてしまったことも。
秀一さんが、ピアニストとして生きる道を捨てることも。
お願い、忘れさせて......
秀一さん、貴方のことだけでいっぱいにさせて下さい。
美姫は、秀一の唇を強く求め、口内を蠢めく舌に自らの舌を絡ませた。
「ッ...ッハ......ンンッ」
呼吸さえも奪うような激しい口づけ。舌を甘く噛み、混ぜ合わさった愛蜜を吸い尽くす。
「ッハァ...」
刹那に離れたふたりの唇から引き合う銀糸が、まだ足りないと二人を繋ぎ止める。
美姫は銀糸の引く唇を下へとずらし、秀一の首筋に縋り付くと強く吸った。唇を離したそこには、赤い痕が残っている。
今までは仕事で誰かに見られたらと思うと、そんなところにキスマークをつけることなど考えられなかった。
もう、今は......そんなことなど、考えなくてもいいから。
痕をつけた反対側にも唇を寄せて吸っていると、秀一の指先が無防備な胸の膨らみの先端を摘んだ。
「ンンクッ」
思わず声が漏れ、歯を立ててしまう。
「ごめんな...」
謝ろうとした美姫が顔を上げると、顔を秀一の片側の肩に埋めさせられた。美姫の白い柔肌のうなじに、秀一の歯が穿たれる。
「あぁっ!!!」
高い天井から照らされた白い傘を被った白熱電球。埃と木材の香りのする、見知らぬ場所......
「寒く、ないですか」
労わるように声をかける秀一に、美姫は乞うように愛しい人のライトグレーの瞳を見上げた。
改めて、思い知らされる。
もう、あの場所には戻れないのだと。
ふたりで過ごした、あの場所に。
「なぜ、私は秀一さんの姪として生まれてきてしまったの......他人として生まれてきたら、よかった。別の形で出会っていたら、これほど辛い思いをすることはなかったのに。
秀一さんが、ピアノを諦めることも......なかったのに......」
美姫は、縋るように秀一の背中に腕を回した。
それは、ウィーンで秀一が美姫を抱こうとしてフラッシュバックを起こした後、秀一が彼女を避けるようになり、秀一の愛情を確かめる為に心の奥底にあった禁忌の関係を吐露した際に漏らした言葉と重なる。
『どうして私は、秀一さんの姪として生まれてきてしまったんだろうって……何も関係ない…ただの他人として生まれてきたかった、って……』
抑えつけようとしても、何度も何度もその考えが浮かんでしまう。
姪として生まれなければ、禁忌の関係に悩むこともなかったのに。
両親を傷つけることも、友人から裏切られることも、世間から後ろ指さされることもなく......
幸せな恋人として、愛し合うことが出来たというのに。
「美姫......貴女は、私たちの美しい過去の思い出まで穢そうとしているのですか」
その声に、美姫が顔を上げる。
「もし私たちが叔父と姪の関係でなければ、私は貴女を深く知ることは出来ませんでした。私は貴女の存在に癒され、心安らげる場所として救われ、貴女を姪として愛おしく思う気持ちがいつしか一人の女性として愛する気持ちに変化していました。
私は貴女が姪として生まれてこなければよかった、などと思ったことは一度もありませんよ。貴女が私の姪として生まれてきたことも、恋に落ちてしまったことも......必然だったのです。
それが、たとえ悪魔に祝福された禁忌の愛だったとしても、私は後悔など一切ありません。美姫、私たちの大切な思い出をどうか否定しないで下さい」
過去の思い出が次々に浮かぶ。
一緒に行った夏祭り。
初めて作ったバレンタインのチョコレート。
お返しにもらった失敗したクッキー。
無邪気に手をとって挙げた、ふたりだけの結婚式......
どれも皆、美姫にとっては幸せに包まれた大切な思い出だ。
穢したく、ない。
否定なんて、出来ない。
秀一さんがそうであったように、私も生まれてからずっと秀一さんの側にいて、彼を叔父として慕う気持ちがいつしかひとりの男性として愛するようになっていた。
過去があるから、今の私がある。
秀一さんを愛している自分がいるんだ。
それなら......
どうして、叔父と姪は結ばれてはいけないの。
世間に後ろ指さされなくてはいけないの。
---私たちは、純粋に愛し合っているだけなのに。
「私たちの深い思いなど、他人には推し量れません。
貴女さえ、分かっていればいい。貴女さえ、いてくれれば......」
秀一に抱き締められ、美姫は嗚咽を漏らした。
忘れよう、何もかも。
お父様のことも、お母様のことも。
来栖家の血塗られた過去も。
秀一さんの辛い記憶も。
久美の憎悪も。
世間に私たちの関係が知られてしまったことも。
秀一さんが、ピアニストとして生きる道を捨てることも。
お願い、忘れさせて......
秀一さん、貴方のことだけでいっぱいにさせて下さい。
美姫は、秀一の唇を強く求め、口内を蠢めく舌に自らの舌を絡ませた。
「ッ...ッハ......ンンッ」
呼吸さえも奪うような激しい口づけ。舌を甘く噛み、混ぜ合わさった愛蜜を吸い尽くす。
「ッハァ...」
刹那に離れたふたりの唇から引き合う銀糸が、まだ足りないと二人を繋ぎ止める。
美姫は銀糸の引く唇を下へとずらし、秀一の首筋に縋り付くと強く吸った。唇を離したそこには、赤い痕が残っている。
今までは仕事で誰かに見られたらと思うと、そんなところにキスマークをつけることなど考えられなかった。
もう、今は......そんなことなど、考えなくてもいいから。
痕をつけた反対側にも唇を寄せて吸っていると、秀一の指先が無防備な胸の膨らみの先端を摘んだ。
「ンンクッ」
思わず声が漏れ、歯を立ててしまう。
「ごめんな...」
謝ろうとした美姫が顔を上げると、顔を秀一の片側の肩に埋めさせられた。美姫の白い柔肌のうなじに、秀一の歯が穿たれる。
「あぁっ!!!」
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