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決裂

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 美姫の後ろには、秀一が受話器を持って立っていた。冷静で落ち着いていていながらも、聞くだけで全身が凍りつくような殺気に満ちた、声。


 秀一、さん......


 美姫は、秀一が来てくれたことに安堵と不安が入り混じった複雑な表情で、彼を見上げた。

 ピッという電子音と共に、スピーカーから久美の声が響いた。

『......ッく、るす...秀一......』

 動揺していることが、受話器の向こうからでも伝わってくる。

「藤井 久美。N大学商学部2年生。美姫とは寮で隣の部屋になったことで親しくなる。美姫、そして藤堂礼音と同じサークルに所属。

 また、事件が起こったあの夜......藤堂礼音の主催するクリスマスパーティーに、美姫と共に参加していた」

 それを聞き、久美が生唾をゴクリと飲み込んだ。

「あなたは一度、美姫が倒れた際に他のふたりの学生と共に私と会っていますね。あの時私は、あなたがおどおどしていることに気づきつつも、美姫を一刻も早く安全な場所へ移動させたかったため、あれはあなたの性格ゆえなのだろうと深く考えもせずに立ち去ってしまった。
 そのことが今、非常に悔やまれます」

 美姫が、目を見開く。

 え......秀一さん、あの時久美に会ってたんだ。全然、知らなかった。

『そうよ......あの時、私はあなたが美姫の叔父だと知った。そして二人の関係に疑いを持ち、礼音を酷い目に合わせたのは来栖秀一なんじゃないかって考えるようになった』

 そう、だったんだ......

 美姫は、あの時自分が寮の廊下で久美に出会い、倒れたりしていなければこんなことにはならなかったかもしれないのに、と思わずにはいられなかった。

「藤堂礼音の様子は定期的に報告を入れさせていましたが、まさか彼の周囲で報復を企てる輩がいるとは。一介の大学生に出来るはずがない、と軽んじていたのです。
 もしあなたが、ひとりで行動を起こしていたのなら......すぐに気づけたでしょう。あなたの姉の元夫があの遠沢隼人だったとは、迂闊でした。それを知った時、どれだけ私が屈辱的な思いを抱いたか......それだけでも、あなたは復讐を成し得たと言えるでしょうね」

 遠沢隼人?誰、それ......
 
 美姫が疑問に思っていると、久美の馬鹿にしたような鼻息が漏れる。

『ふっ、はっ......以前週刊誌に撮られたカメラマンに、二度も嵌められるなんてね!あの来栖秀一が!
 ふはっ、笑っちゃう!ふふふっっははっはははっっ......』
  
 その下卑た笑い声は、静かな部屋に不気味に鳴り響いた。

 今回の写真も、以前に加賀美梨華とのスキャンダルの暴露写真を撮ったのも、同じカメラマンだったんだ。しかもそれが、久美の元親戚だったなんて......

 美姫の脳裏に梨華と秀一の写真が鮮明に浮かび上がり、その時感じたショックとその後の深い後悔までもが胸中に蘇った。

 加賀美梨華とのスキャンダルの写真により、美姫は秀一への恋心を諦めるため、大和との情事に身を投じた。それがふたりの関係に長い間暗い影を落とし、恋人となった今でさえ、それは後ろ暗い過去となって今でも美姫を苦しめている。
 そして再び、遠沢という名前も顔も見たことのない男によって、愛する秀一との仲が引き離されようとしている。

 一度ならず、二度までも......その男に嵌められたのだと思うと、美姫は今まで感じたことのないほどの怒りが苦しみと共に炎となり、焼き尽くすかのように全身が熱くなっていった。
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