431 / 1,014
密告
3
しおりを挟む
「おか……さまは?」
美姫は、掠れた声で尋ねた。
秘書である母の凛子は全ての郵便物に目を通し、仕分けしている。この写真を母にも見られてしまったのかと思うと、ナイフで心臓を抉られるような痛みを覚えた。
「いえ、姉様は見ていません。兄様が、朝起きてすぐに自宅の新聞を取りにいく際に、ポストに入っているのを見つけたのだそうです。その茶封筒には切手も消印もなく、直接投函されたものでした。
兄様は脅しの類である可能性を考え、心配かけたくなかったので、姉様には何も話さなかったそうです」
「そう、ですか……」
母に見られなかったことには安堵するものの、父にあの写真を見られてしまったショックは和らぐことはなかった。
それにしても……どうして、実家のポストに投函したのだろう。
本人である自分や秀一にではなく、両親に送りつけてきたことに、美姫は疑問を感じた。
私が実家暮らしだと思ったから?
ううん。私と秀一さんの生活をずっと追いかけ、盗撮してきた人物が、私たちがどこに住んでいるか知らないはずなどない。
これは、明らかに両親に対しての密告だ。
なんの目的で? 恐喝し、多額のお金を受け取るため?
でも、それならなぜ、世界的に有名なピアニストである秀一さんをゆすって恐喝しようとしなかったんだろう。
来栖財閥のトップとして社会的に地位の高いお父様の方が、恐喝しやすいと思ったんだろうか。
美姫が思いを巡らせていると、秀一が膝に肘をつき、組んだ手に顎乗せて深く息をついた。
「今のところ、この書類を投函した犯人から兄様への接触はありません。恐喝目的なら、普通は投函してすぐにでも連絡してくるはずです。
ですが、悪戯目的にしては、手が込み過ぎています。わざわざ私達の後を追ってウィーンにまで来ていましたし、全ての写真ではありませんが、プロ仕様の高性能なカメラを使って撮影されています。
まだ昨日の今日ですので絶対とは言えませんが、恐らく犯人の目的は……恐喝ではなく、個人的恨みを晴らすことではないかと思われます。私達の関係を兄様夫婦に密告することで、私達の仲を引き裂こうとしているのです」
そ、んな……
美姫は見えない凶悪な影に怯え、身を震わせた。
「美姫……申し訳ありません」
「えっ、どうして秀一さんが謝るんですか?」
突然の秀一の懺悔に、美姫は驚いて声を上げた。
秀一が、苦々しげに答える。
「その犯人は、私と関わりのある人物である可能性が非常に高いと思われます。
私は今までに、多くの恨みを買ってきました。ピアニストとして。また、ひとりの男として。多額の金を注ぎ込んでまで私を陥れたいと思い、それが実行可能な人物を挙げれば、かなりの人数が上がります。
こんなことに美姫を巻き込んでしまうことになり、申し訳ありません」
「ま、まだ……誰が何の目的で書類を投函したのかは分かってないですから、秀一さんは謝る必要なんてないです」
美姫が慌ててそう言った。
「えぇ、まだ明らかになっていない。誰が私たちを貶めようとしているのか……
必ず、突き止めてみせます」
そう言った秀一の声は、ゾクリとするほど殺気を含んでいた。
「美姫は、犯人が分かるまでは決して私たちの家から出ないでください。わかりましたね」
秀一が仕事に出かけている間、ひとりで待っていなければならないのと思うと気が滅入ったが、今はそんなことを言っている時ではない。
「わかり、ました……」
美姫は頷いた。
黒い大きな悪魔の影が美姫と秀一の元にひたひたと不気味な音をさせて近寄り、今にも飲み込もうとしているのを感じる。
お願いだから……もうこれ以上、何も起こらないで。
美姫は拳を固く握りしめ、必死に祈った。
美姫は、掠れた声で尋ねた。
秘書である母の凛子は全ての郵便物に目を通し、仕分けしている。この写真を母にも見られてしまったのかと思うと、ナイフで心臓を抉られるような痛みを覚えた。
「いえ、姉様は見ていません。兄様が、朝起きてすぐに自宅の新聞を取りにいく際に、ポストに入っているのを見つけたのだそうです。その茶封筒には切手も消印もなく、直接投函されたものでした。
兄様は脅しの類である可能性を考え、心配かけたくなかったので、姉様には何も話さなかったそうです」
「そう、ですか……」
母に見られなかったことには安堵するものの、父にあの写真を見られてしまったショックは和らぐことはなかった。
それにしても……どうして、実家のポストに投函したのだろう。
本人である自分や秀一にではなく、両親に送りつけてきたことに、美姫は疑問を感じた。
私が実家暮らしだと思ったから?
ううん。私と秀一さんの生活をずっと追いかけ、盗撮してきた人物が、私たちがどこに住んでいるか知らないはずなどない。
これは、明らかに両親に対しての密告だ。
なんの目的で? 恐喝し、多額のお金を受け取るため?
でも、それならなぜ、世界的に有名なピアニストである秀一さんをゆすって恐喝しようとしなかったんだろう。
来栖財閥のトップとして社会的に地位の高いお父様の方が、恐喝しやすいと思ったんだろうか。
美姫が思いを巡らせていると、秀一が膝に肘をつき、組んだ手に顎乗せて深く息をついた。
「今のところ、この書類を投函した犯人から兄様への接触はありません。恐喝目的なら、普通は投函してすぐにでも連絡してくるはずです。
ですが、悪戯目的にしては、手が込み過ぎています。わざわざ私達の後を追ってウィーンにまで来ていましたし、全ての写真ではありませんが、プロ仕様の高性能なカメラを使って撮影されています。
まだ昨日の今日ですので絶対とは言えませんが、恐らく犯人の目的は……恐喝ではなく、個人的恨みを晴らすことではないかと思われます。私達の関係を兄様夫婦に密告することで、私達の仲を引き裂こうとしているのです」
そ、んな……
美姫は見えない凶悪な影に怯え、身を震わせた。
「美姫……申し訳ありません」
「えっ、どうして秀一さんが謝るんですか?」
突然の秀一の懺悔に、美姫は驚いて声を上げた。
秀一が、苦々しげに答える。
「その犯人は、私と関わりのある人物である可能性が非常に高いと思われます。
私は今までに、多くの恨みを買ってきました。ピアニストとして。また、ひとりの男として。多額の金を注ぎ込んでまで私を陥れたいと思い、それが実行可能な人物を挙げれば、かなりの人数が上がります。
こんなことに美姫を巻き込んでしまうことになり、申し訳ありません」
「ま、まだ……誰が何の目的で書類を投函したのかは分かってないですから、秀一さんは謝る必要なんてないです」
美姫が慌ててそう言った。
「えぇ、まだ明らかになっていない。誰が私たちを貶めようとしているのか……
必ず、突き止めてみせます」
そう言った秀一の声は、ゾクリとするほど殺気を含んでいた。
「美姫は、犯人が分かるまでは決して私たちの家から出ないでください。わかりましたね」
秀一が仕事に出かけている間、ひとりで待っていなければならないのと思うと気が滅入ったが、今はそんなことを言っている時ではない。
「わかり、ました……」
美姫は頷いた。
黒い大きな悪魔の影が美姫と秀一の元にひたひたと不気味な音をさせて近寄り、今にも飲み込もうとしているのを感じる。
お願いだから……もうこれ以上、何も起こらないで。
美姫は拳を固く握りしめ、必死に祈った。
0
お気に入りに追加
345
あなたにおすすめの小説

義妹のミルク
笹椰かな
恋愛
※男性向けの内容です。女性が読むと不快になる可能性がありますのでご注意ください。
母乳フェチの男が義妹のミルクを飲むだけの話。
普段から母乳が出て、さらには性的に興奮すると母乳を噴き出す女の子がヒロインです。
本番はありません。両片想い設定です。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。



【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる