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悍しい記憶 ー秀一回想ー

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 来栖家に来てから1年ほど過ぎたある日、初めてピアノコンクールに出場することになった。

 その日、あの人はコンクールに顔を出した。何事にも無関心だと思っていたあの人が現れたことに、私は嬉しさよりも驚きの方が大きかった。

 小学校3年生以下の子供が出場するジュニア1の部門において、まだ5歳で最年少だった私が優勝し、会場は沸き立った。その時私は、あの人が微笑みを噛み締めるような表情を垣間見た。私は、もしかしてあの人が私に僅かでも愛情を持ってくれているのではと、密かに期待した。

 だが、それ以降も相変わらず私への無関心は続き、私は期待した分だけ裏切られた悲しみに打ちひしがれることとなった。

 ピアノのコンクールの時にだけは欠かさず顔を見せるあの人に、私は、父は自分を愛しているのではなく、私のピアノの才能だけに興味があるのだと確信した。

 変わったのは、あの人ではなく……兄様だった。

 兄様は、少しずつ、少しずつ私と距離を置くようになっていった。話しかけてくれる回数が減り、こちらから話しかけてもなんとなくよそよそしくなり、勉強をみてくれなくなった。

 あの人の私に対する無関心や期待を裏切られた悲しみよりも、兄様に距離を置かれることは何よりも辛く、寂しかった。

 初めてのピアノコンクールから2年後、大学入学を機に、兄様は大学寮へ入ると言って家を出ていった。まだ幼かった私は、信じていた兄に裏切られた気分だった。母が亡くなった時と同じような孤独と寂しさを味わった。

 そして、ますます心を閉ざすようになっていった。
 
 兄様が家を出て以降、あの女の虐待は、ますますエスカレートするようになっていた。私が抵抗せず、ただじっと黙っているのもイライラさせられるらしく、あの女は甲高い金切り声でキャンキャンと吠えまくる。

 私はただ、心を無にして嵐が過ぎ去るのを待つだけだった。

 家では過酷な生活を強いられていたものの、学校での私のヒエラルキーは高かった。愛人の子供であるとはいえ、三大財閥のひとつ、来栖財閥の御曹司である私に対して喧嘩を売るような者はいなかった。

 それは、青海学園に通っていたからこそ受けられた恩恵とも言えよう。保護者たちはこぞって、来栖財閥の息子に対して刃向かいでもしたら、大変なことになる......と、子供達に口を酸っぱくして言い聞かせていた。

 私は、勉学面において常に成績優秀、そしてスポーツにおいても全てに秀でていた。クラスだけでなく、学年、いや全校生徒から一目置かれる生徒であり、特に女子生徒の間においてはそれが顕著であった。

 幼稚舎の頃からクラスの女子で私を巡る争いが起きたり、同じクラスだけでなく他のクラスや上級生からも告白されることがあったが、それは年を重ねるごとに増えていった。そうするうちに、道を歩いていたり、どこかで買い物する時に接する女性でさえも、自分に対してだけはどうも態度や表情が違うことにだんだん気づくようになっていた。

 その頃の私は、幼い頃から抑圧された生活をしていたため、自己肯定度が低く、大人しく内向的だった。女たちが私に向けてくる視線それが、どういう意味を持つのかなど、分かっていなかった。
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