377 / 1,014
拒否 ー秀一回想ー
1
しおりを挟む
美姫は帰国したらカウンセリングを受け、RTS(レイプトラウマ症候群)を克服できるように努力すると話していた。
それを受け、ウィーン滞在中にカウンセラーに電話し、帰国してから5日後にカウンセリングを予約しておいた。時差呆けでまだ美姫の体調が万全ではない心配はあったが、一刻も早く彼女にカウンセリングを受けて立ち直って欲しかったからだ。
帰国した翌日に櫻井薫子と会った後から、なんとなく美姫は元気がないように見えた。だが、櫻井薫子と風間悠が駆け落ちすることになったという話を聞き、そのことで気落ちしているのだろうと納得した。
ところが、カウンセリングを予約していた当日。
『あまり体調が良くないので......』
美姫は歯切れの悪い言い訳をし、行くことを拒んだ。
そんな彼女を無理やり連れていくわけにもいかず、時間も差し迫っていたため、仕方なく電話でキャンセルすることにした。
いくらコネを使っているとはいえ、日本で一番の腕利きといわれるほどのカウンセラーだ。すぐに次の予約がとれるわけがない。
「美姫......次の予約は、どうしますか?」
そう聞いた私に、美姫は躊躇う表情を見せた。そこには、不安と恐れが見えた。
美姫は、怖いのだ......
まだ、あの体験を受け入れる準備など到底出来ていない。
「話をする、のは......ちょっと...無理、かもしれません......」
美姫は後ろめたさから私を見ることなく、俯いたまま小声で白状した。
やはり...無理でしたか。
なんとなく予想はしていたものの、実際にそうなるとがっくりと気落ちしている自分に気づく。
美姫が自らカウンセリングを受けようと思わなければ、意味がない......
ですが、このままにしておくわけにもいきませんね。
オーストリアから帰国してからというもの、美姫の睡眠時間は完全に狂ってしまった。それは、時差ぼけのせいだと単純に言えるものではなかった。
私は美姫の躰を気遣い、家で休んでいるように伝えた。だが、美姫はひとりでいることに怯え、疲れていても仕事の現場についてきた。
地方でのコンサートもあり、移動が多いこの仕事は、単純に付き添っているはずだけの美姫にとっても辛いものだ。稀にスケジュールの都合で昼間に仕事が入っていない時は、一緒に寝ることもできた。
だが夜になると、一緒に寝ていても美姫は眠気を覚えることはなかった。瞼を閉じているものの、意識が覚醒していることを気配で感じる。
美姫は、まともに睡眠時間をとれていないせいで躰はふらつき、食欲もなかった。これでは、仕事に付き添うどころか、外出さえも危なかしい。
そこで、彼女に提案した。
「カウンセリングを受けることに躊躇いがあるのでしたら、心療内科へ行ってみませんか」
「心療内科...ですか?」
カウンセリングでは、カウンセラーと1対1で向き合って話をする。
カウンセラーは医師ではないので、病名の診断をすることはせず、薬を処方することもない。様々な心理療法を用い、カウンセラーの助けを借りながらも自分の力で心の歪みを解決していかなければならない。一度治癒すれば再発の恐れがとても低く、薬の副作用などの危険がないのが、カウンセリングの特徴だ。
一方、心療内科は、身体症状に合わせて薬を処方するのが一般的だ。秀一が隣に座って、美姫の代わりに症状を説明することも出来る。美姫の心理的な負担は軽くはなるだろう。
自己努力は必要ないが、治癒率が低く、再発率が高いというのが、心療内科について調べた秀一の見解だった。
秀一としては、美姫にはカウンセリングを受けてもらいたいと思っていた。だが、こうなったら背に腹はかえられない。
「......わかり、ました」
美姫が、こわごわながら答えた。
おそらく、最初から心療内科に行こうと誘ったら断っていただろう。あれほど無理をして予約を入れていたカウンセリングを断った上、心療内科まで断るのは後ろめたいという気持ちが美姫にはあったのだろう。
自分の心の症状について話す必要がないと知り、美姫は不安な表情を見せながらも、心療内科へ行く決心をしてくれた。
それを受け、ウィーン滞在中にカウンセラーに電話し、帰国してから5日後にカウンセリングを予約しておいた。時差呆けでまだ美姫の体調が万全ではない心配はあったが、一刻も早く彼女にカウンセリングを受けて立ち直って欲しかったからだ。
帰国した翌日に櫻井薫子と会った後から、なんとなく美姫は元気がないように見えた。だが、櫻井薫子と風間悠が駆け落ちすることになったという話を聞き、そのことで気落ちしているのだろうと納得した。
ところが、カウンセリングを予約していた当日。
『あまり体調が良くないので......』
美姫は歯切れの悪い言い訳をし、行くことを拒んだ。
そんな彼女を無理やり連れていくわけにもいかず、時間も差し迫っていたため、仕方なく電話でキャンセルすることにした。
いくらコネを使っているとはいえ、日本で一番の腕利きといわれるほどのカウンセラーだ。すぐに次の予約がとれるわけがない。
「美姫......次の予約は、どうしますか?」
そう聞いた私に、美姫は躊躇う表情を見せた。そこには、不安と恐れが見えた。
美姫は、怖いのだ......
まだ、あの体験を受け入れる準備など到底出来ていない。
「話をする、のは......ちょっと...無理、かもしれません......」
美姫は後ろめたさから私を見ることなく、俯いたまま小声で白状した。
やはり...無理でしたか。
なんとなく予想はしていたものの、実際にそうなるとがっくりと気落ちしている自分に気づく。
美姫が自らカウンセリングを受けようと思わなければ、意味がない......
ですが、このままにしておくわけにもいきませんね。
オーストリアから帰国してからというもの、美姫の睡眠時間は完全に狂ってしまった。それは、時差ぼけのせいだと単純に言えるものではなかった。
私は美姫の躰を気遣い、家で休んでいるように伝えた。だが、美姫はひとりでいることに怯え、疲れていても仕事の現場についてきた。
地方でのコンサートもあり、移動が多いこの仕事は、単純に付き添っているはずだけの美姫にとっても辛いものだ。稀にスケジュールの都合で昼間に仕事が入っていない時は、一緒に寝ることもできた。
だが夜になると、一緒に寝ていても美姫は眠気を覚えることはなかった。瞼を閉じているものの、意識が覚醒していることを気配で感じる。
美姫は、まともに睡眠時間をとれていないせいで躰はふらつき、食欲もなかった。これでは、仕事に付き添うどころか、外出さえも危なかしい。
そこで、彼女に提案した。
「カウンセリングを受けることに躊躇いがあるのでしたら、心療内科へ行ってみませんか」
「心療内科...ですか?」
カウンセリングでは、カウンセラーと1対1で向き合って話をする。
カウンセラーは医師ではないので、病名の診断をすることはせず、薬を処方することもない。様々な心理療法を用い、カウンセラーの助けを借りながらも自分の力で心の歪みを解決していかなければならない。一度治癒すれば再発の恐れがとても低く、薬の副作用などの危険がないのが、カウンセリングの特徴だ。
一方、心療内科は、身体症状に合わせて薬を処方するのが一般的だ。秀一が隣に座って、美姫の代わりに症状を説明することも出来る。美姫の心理的な負担は軽くはなるだろう。
自己努力は必要ないが、治癒率が低く、再発率が高いというのが、心療内科について調べた秀一の見解だった。
秀一としては、美姫にはカウンセリングを受けてもらいたいと思っていた。だが、こうなったら背に腹はかえられない。
「......わかり、ました」
美姫が、こわごわながら答えた。
おそらく、最初から心療内科に行こうと誘ったら断っていただろう。あれほど無理をして予約を入れていたカウンセリングを断った上、心療内科まで断るのは後ろめたいという気持ちが美姫にはあったのだろう。
自分の心の症状について話す必要がないと知り、美姫は不安な表情を見せながらも、心療内科へ行く決心をしてくれた。
0
お気に入りに追加
345
あなたにおすすめの小説


義妹のミルク
笹椰かな
恋愛
※男性向けの内容です。女性が読むと不快になる可能性がありますのでご注意ください。
母乳フェチの男が義妹のミルクを飲むだけの話。
普段から母乳が出て、さらには性的に興奮すると母乳を噴き出す女の子がヒロインです。
本番はありません。両片想い設定です。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。


【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる