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それぞれの懺悔

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 美姫と大和は悠へのそれぞれの罪悪感を胸に抱えたまま、それを慰め合うように抱き合った。

 あれ程、もう会うことはない、会っても合わせる顔がないとまで思っていたというのに......大和の腕の中にいると、深い罪悪感と悲しみの中にいてさえも、安らぎと癒しに包まれているような気持ちになった。

 だが、遠くから近づいてくる足音に気づいた途端、美姫は一気に現実へと引き戻された。

  わ、私………大和と抱き合って………

 肩をビクッとさせ、躰を起こす。

 大和もまた、そんな美姫の反応に「ご、めん......」と言いながら、自らも抱いていた腕を離した。

 美姫は大和の手を借りて、彼の隣に座った。

 近づいてきたふたりの足音、それは悠の両親のものだった。

 悠の母親、静音が手術室に向かって駆け寄り、固く閉じられている白い扉に拳を何度も叩きつける。

 ドンドンドン!!!

「悠!悠ちゃんっ!悠ちゃんっっ!!!お願い、出てきてっ!私に顔を見せて!!!
 悠!悠!悠!ゆーーーーーーーーーーっ!!!!!」

 ドンドンドンドンドン!!!

 一心不乱に手術室の扉を叩き、髪を振り乱しながら狂ったように息子の名前を叫び続ける。その緊迫した様子に、美姫と大和は静音をただ見つめることしか出来なかった。

 追いついた悠人が、静音を扉から引き剥がす。

「静、音!!やめ、なさい...今、悠は手術中だ。
 大丈夫だ、きっと助かる......」
「悠!悠!悠ちゃん!!!あな、た!悠、ちゃんが...わた、しの...大事な悠、が......!!!
 ッグ...おねがッッ...あの、子を......助ッグげ、で......ウウゥッ」

 静音は、悠人の腕の中で泣き崩れた。

「大丈夫...だい、じょうぶ、だ......だい...じょう......」

 繰り返し呟く悠人の表情もまた引き攣り、血の気がなかった。静音を支える腕も震えている。

 静音の小さく震える声が、悠人の腕からくぐもって響く。

「ッまた...私、たちの...子が......ウグッ
 栞...ッグだけ...なく......悠、までヒグッいな、ぐ...なっウグッたら......わだッ、し.....ッウッウッ」
 
 そこまで言うと悠人の胸に縋り付き、天井を切り裂くほどの大きな声で慟哭した。

 美姫は以前悠に、どうしてイギリスから日本に引っ越してきたのか尋ねたことがあった。

 悠は僅かに眉を寄せ、寂しそうな表情を浮かべた。

『妹が、いたんだ......栞っていう、まだ5歳の...可愛くて、よく笑う女の子だった。
 ある日、外で遊んでた時に、母親が止めるのを聞かずにボールを追いかけて道路に飛び出して......即死、だった。目の前で娘に死なれた母は自分のせいだと責め、精神を病んで鬱病にかかってしまった。

 それで父は、思い出の多いイギリスを離れて、日本に生活の場を移すことを決心したんだ......」

 それを聞いていた美姫を含めた薫子、大和は何も言葉をかけることが出来なかった。中等部に入ったばかりだったはずの悠に年齢不相応の哀愁が漂っていたのは、このためだったのか......と、美姫はやりきれない思いに駆られた。

 悠人は顔を上げ、ようやくベンチに座っていた大和と美姫の存在に気づいた。

 ふたりは途端に緊張し、軽く頭を下げた。

 美姫は、悠人にどんなことを聞かれるのだろうと、内臓が飛び出しそうになる程の切迫した気持ちに追い詰められた。だが、幸か不幸か取り乱した静音の気持ちを抑えるのに精一杯で、悠人は大和と美姫に話しかける余裕はなかった。

 呼吸の音と啜り泣く声だけが響く手術室の廊下には、冷たく重い空気がどんよりと停滞している。

 手術室の扉をいくら凝視したところで、そこには何の変化もない。まるで何度も短い場面を繰り返し再生しているかのような、そんな気持ちになる。

 指先まで凍ったように冷たくなり、小刻みに震える手。美姫と大和は、どちらからともなく寄せ、繋いだ。

 お願い...悠、どうか無事でいて。
 手術が、無事に成功しますように......

 繰り返し、繰り返し祈り続ける。
 
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