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理想と現実

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 薫子の呆然とした表情に気づいた美姫は、夢から醒めたかのようにハッとした。

 自分が薫子に対して何を言ったのか冷静になってくると共に思い出すと、顔を青ざめさせ、唇を震わせた。

 わた、し……なんて、なんて酷いことを。
 そ、んなつもりじゃ、なかったのに……

「ご…ごめん、薫子……」

 美姫は薫子に抱きついた途端、感情が溢れ出した。肩に縋り付き、泣き出す。

 薫子は、不安になっていて、私に気持ちを分かってほしくて打ち明けたのに。
 私に、気持ちを理解してもらいたかったのに。

「ッごめ…ごめん、ッグ…薫子……ック…違う、違うの……ウグッ…わだ、し……ッグ」

 これ、は……嫉妬だ。薫子は悠とイギリスへ駆け落ちする決心をしたのに、私は秀一さんについてオーストリアに行くことができない。立ち止まったまま、動き出せないでいる。
 私は、薫子が羨ましくて、妬ましくて、そんな酷いことを言ってしまった。

 親友、なのに。大切な、友達なのに……こんなふうに、傷つけるなんて。

 震えながら、美姫の腕が薫子の背中に回る。

「大丈夫…大丈夫、だから……」

 優しく抱き締めてくれる薫子の温もりに、美姫は泣き崩れた。

「ッグ...ウゥッ......ッッ」

 いつも薫子といる時は、まるで自分が姉のように振る舞っていた。いつでも明るく、笑顔でいて、気弱で内気な薫子をひっぱり、支え、励ましてきた。こんな弱気な自分を、見せたことがなかった。

 薫子の困惑が、肌を通じて伝わってくる。私が変わってしまったことに、戸惑っているのが分かる。

 それを、打ち明けられないことにも罪悪感を感じ、涙が止まらなかった。美姫は、思い切り薫子の胸で泣きじゃくった。

 薫子は、そんな美姫を何も言わずに受け止めてくれた。

 きっと、自分だって不安で、恐くて仕方ないのに。
 ごめん。ごめんね、薫子……もう私は、あの頃の私じゃない。薫子を支えてあげることは、できない。

 私は、弱くて脆い人間なの。
 あなたに憧れてもらえるような、人間じゃない。

「ウッ、ウッ……ヒクッ」

 思い切り泣いたお陰で、少しずつ落ち着きを取り戻してきた。
 
 感情が収まってくると、子供みたいに泣いていたことが恥ずかしくなり、美姫は薫子の胸から離れた。

 顔を上げた美姫の表情には、疲労が色濃く見える。

「ごめんね、私......薫子の言葉を聞いてたら、自分のことと勝手に重ね合わせちゃって。
 ......ウィーンに秀一さんについて行って、彼以外知る人がいないという状況が、どんなに孤独なのか感じたの。理解できない言語が飛び交う中で、自分の存在が希薄になっていく気がした。秀一さんは私のことを気遣ってくれてはくれたけど、仕事で来ている以上ずっと一緒にいることは出来なくて。
 秀一さん、は......ッグ将来、私と一緒に...ウィーンに住むことを見据えて、私をウィーンに誘ってくれてたのに......ッハァッッ逆に、私は......実際に、現地に行ってしまったことによって......ウィーンに住むことが、ウッ...怖、くなっちゃったの。

 ......ごめ、ね......あの、言葉は......薫子に対して言ったんじゃ、ないの。わた、しは......ッ...自分自身の、不安を...ただ、薫子にぶつけただけ.......ヴッ」

 あの事件については話せなくても、出来る限り薫子には真実を打ち明けたかった。

「美、姫......」

 美姫は薫子を励ますように、先ほどとは打って変わって明るい声を出した。

「薫子は違うよ! 悠は何をおいても薫子を優先して考えてくれるだろうし、イギリスなら英語だから薫子は言語で困ることはないだろうし、向こうでもきっとすぐに馴染めるよ!」

 お願い。私の言うことなんて気にしないで。信じないで。
 薫子には悠と幸せになってほしいから。

 美姫の精一杯の優しさに応えるように、薫子が頷く。

「そう、だね...」

 けれど、先ほど悠との未来を語ったような希望の光は、彼女の瞳から失われ、暗い影に覆われていくのを感じた。

 美姫はそれ以上何も言えず口を噤んだが、モヤモヤした気持ちが拭きれない。

 まだ駆け落ちの覚悟ができていないようだけど、大丈夫なの……? 不安だよ。
 どうか、どうかうまくいって。薫子には、幸せになってほしい。
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