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破門宣告

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 ザルツブルク音楽祭といえば、今日ニューイヤーコンサートをした楽団を始め、世界のトップオーケストラ、歌劇団、指揮者、ソリストが集い、世界でもっとも高級かつ注目を浴びており、規模でも世界最大の音楽祭の一つであると言われている。5週間に渡って開催されるこのイベントを目当てに、ヨーロッパや遠い世界の国々から政界、経済界の著名人が訪れる。

『えっ、またあのじいさん、俺たちに何も言わないんだからっ!!!ザルツブルグ音楽祭って、終わり次第すぐに来年の演奏者を決める筈だから、半年前にはもう分かってた筈だよね?』

 ザックの言葉に美姫の心が大きく揺れる。

 そんなに、前から......
 で、でも住むわけじゃないし、音楽祭に行って、帰るだけだよね。5週間って言っても、コンサートを5週間ずっとやるわけじゃないし。

 けれど、カミルから語られたのは、美姫が最も恐れていた言葉だった。

『シューイチはピアノのソリスト(独奏者)としてだけでなく、以前所属していたオケのピアノ奏者としても出演するって言ってたから、暫くウィーンに滞在することになると思う』

 ザックはそれを聞き指をパチンと鳴らし、レナードはほぉ...と安堵したように大きく息をついた。ミシェルは嬉しそうに鼻を鳴らした。

 美姫は頭が真っ白になり、指先から、足先から震えが込み上げてきた。

 そ、んな......嘘......
 秀一さんは、ずっと傍にいてくれるって言った。日本に、私の傍に。
 オーストリアに戻るわけない。私の傍から離れるわけ、ない......

 早く、秀一さんの口から聞かせて欲しい......
 安心させて欲しい。

 秀一がモルテッソーニと共に戻ってきたのはその直後だった。

 ザック、レナード、ミシェルが瞬く間に秀一を取り囲む。

『ねぇねぇ、シューイチ!ザルツブルク音楽祭に呼ばれてるんだって?なんで教えてくんなかったのさぁー。シューイチはいつこっちに戻ってくるの?また早くシューイチと演奏したいよぉ。楽しみだなぁ』
『ザック、うるさい!僕が喋る隙ないでしょ、もう黙ってよ!
 ねぇ、シューイチ。早く戻ってきてよ。僕、あんたがいないとダメなんだよ。また前みたいにピアノ教えてよ。モルテッソーニのとこでの生活が嫌なら、僕と一緒に住めばいいし』
『シューイチが一緒に住むのはあたしよ。あ・た・し!
 ねぇーえ、シューイチ。今回はあんまり一緒にいられなかったから、今度はもっと二人の時間を過ごしましょ』

 迫る三人を目の前にし、秀一は目を見張った後、静かに言った。

『......申し訳ありませんが、この件についてはまだ検討中ですので......』
 
 秀一がそんな煮え切らない返事をするのは珍しいことだった。美姫はすぐにでも秀一が音楽祭を辞退するのではと期待していたが、そんな彼の態度に不安が募る一方だった。

 ザックやレナード、ミシェル、カミルはすっかり秀一がオーストリアに戻ってくる気でいたので、予想もしていなかった彼の返事に言葉を失くした。

 一方、モルテッソーニは顔面蒼白となり、その後、炎を出さんばかりに顔を真っ赤にして大声をあげた。

『シューイチ、何を言ってるんだ!?分かっているのか、ザルツブルク音楽祭だぞ!!普通のコンサートとはわけが違うんだ。世界中の音楽ファンが集い、皆お前の演奏を楽しみに来る。今更断れるはずなどないだろう!!!
 もしお前がこの音楽祭を辞退するというのなら、私はお前を弟子から追放する!!!』

 モルテッソーニは拳を震わせて、すごい剣幕で捲し立てた。彼の言動に、美姫や周りにいたザックやレナード、ミシェル、そして恋人のカミルでさえも衝撃を受けていた。

 特にモルテッソーニの弟子たちはどれだけ彼が秀一に目をかけ、可愛がっていたのかを知っているため、今目の前でかけられた彼の言葉に耳を疑うばかりだった。

 いつもなら機転を利かせ、フォローするザックでさえも、あまりの衝撃に何も言えずにいた。

 だが、秀一はあくまで冷静だった。

『......まだ、結論が決まったわけではありません。
 ですがもしそうなった場合は......貴方の今の言葉を、受け止めるつもりです』

 それは、モルテッソーニの弟子をやめるってこと...?

 美姫はただ傍で、呆然と二人のやり取りを見ていることしか出来なかった。
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