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舞踏会

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 ハッと顔を上げた先には秀一の顔があった。

「しゅ...いちさん」

 美姫は安堵の声を漏らすと同時に秀一の背後へと回った。

 秀一は美姫に声をかけてきた男にドイツ語で話しかけ、なにやら説明した。やがて男は肩を竦めて頷くと、秀一の背後の美姫に残念そうな表情を見せながら、「Bye」と声を掛けて去って行った。

「美姫、大丈夫でしたか?申し訳ありませんでした......」
「秀一さんが来てくれたので...大丈夫です。
 あの男性、気を悪くされなかったですか?私、ダンスを断ったりして失礼ではありませんでしたか?」

 美姫は声を掛けた男性に申し訳ない気持ちで秀一に尋ねた。

「フォーマルな舞踏会では、女性は小冊子の形をしたメモ帳に舞踏会で流れる曲名と作曲家等の一覧と共に、踊る相手の名の記入欄のあるダンス・カードと呼ばれるものを持ち歩いています。ですので、こういった舞踏会で男性にダンスを誘われるというのは珍しいことではありません。
 とはいえ、必ず誘われた男性とダンスしなければならないというわけではありませんから、大丈夫ですよ。美姫は日本人で見知らぬ男性とダンスをする習慣がないので、という理由で断っておきました」

 その言葉にホッと美姫は息を吐いた。

「まぁ、どんな状況であろうとも貴女が他の男性と踊ることなど、させませんけどね」

 先ほどまで加代子と華麗なダンスを踊っていたにもかかわらず、美姫に対して独占欲を剥き出しにするような秀一の言葉に、美姫はクスッと笑った。

「えぇ...私も、秀一さん以外の男性とは踊りたくありません」
「では......」

 秀一が手を差し出す。

「Darf ich bitten?」

 その言葉に今度は笑みを浮かべ、美姫は喜んで手を差し伸べた。

「えぇ、お願いします」

 秀一が手を軽く上げ、先ほどデビュタントのお披露目で見せたように顔を近づけ、口づけをする真似をした。

「次にかかる曲はスイング・ジャズになりますので、スローフォークストロットで踊りましょう」 

 秀一の言葉に頷くと、美姫は秀一のエスコートでダンスホール中央へと進み出た。

 秀一が右手を美姫の脇の下から軽く添わせ、左腕を真っ直ぐに伸ばして態勢を整えると、オーケストラが「ムーンライト・セレナーデ」を奏で始めた。

 あぁ......私たちの躰がひとつになって。まるで、自由に吹く風のように......緩やかに流れる川のように......ダンスホールを舞うように、泳ぐように、優美にターンする。

 ピンクががかった紫色にライトアップされたダンスホール。サックス、トランペット、トロンボーンの管楽器の重なり合う音に酔いしれる。

 音楽に身を任せ、秀一の力強くありながらも優しく、確かなリードでステップを踏み、ターンする。美姫は、微睡むような瞳で秀一に微笑んだ。

 夢のような時間。本当に、素敵......

「腕を上げましたね、美姫」

 秀一がダンスの合間に口元を緩めて微笑んだ。

 その比較の対象が、以前に鏡の部屋で踊った時のことだと認識すると、美姫の躰からダンスによるものではない熱が、内側から呼び醒まされる。繋がった指先から、背中に添えられた掌から、不意にかかる吐息から、絡み合う視線から……ジンジンとした痺れが産み出され、熱く躰が火照り出す。

 だめ、集中しないと……

「ぁ!」

 動揺した美姫はバランスを崩し、秀一の足を踏みつけてしまった。

「す、みません……」

 幸い、舞踏会でのダンスシューズは何時間踊っていても疲れないよう柔らかい布で出来ているため、秀一の爪先を傷つけることはない。

 秀一は美姫を腕でしっかりと抱き留め、態勢を整えさせた。

「こちらこそ。何か思い出させてしまったようで、申し訳ありませんでした……」

 秀一が艶麗な表情で美姫を見つめ、耳元で囁く。濃厚な秀一のフェロモンに撃ち抜かれそうになるのを、美姫は必死で堪えた。
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