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来訪者

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 スタジオには男女12組が集まった。

「ここにいる女の子たちはね、みんな大晦日のホーフブルク王宮での舞踏会にてデビュタントとして社交界デビューするのよ。男の子たちはそのエスコート役。
 デビュタントとして舞踏会に参加する殆どの子たちがこうして事前にダンスのレッスンを受け、本番に備えるのよ」

 その言葉を聞き、美姫はひとりではないということを心強く感じた。

「彼らは舞踏会の始まる前座として、カドリーユと呼ばれるフォークダンスを披露することになっているの。
 ……そうだわ!美姫さんもデビュタントとして参加するんだし、よかったら加わらない?」
「えっ、えぇっ!!!わたし...も、ですか!?」

 社交ダンスなら経験もあるし、それなりに踊れるが、フォークダンスなんて中等部の体育の時間以来踊っていない。しかもカドリーユについては踊ったことどころか、見たことすらなかった。

「む、無理です......」

 美姫は両手を振って拒否したが、加代子はあっけらかんとしていた。

「大丈夫、大丈夫。見てれば覚えるから。あなた、ダンスのセンスあるもの。今から皆に踊ってもらうから、見てて」

 12組の男女が3つのグループに分かれ、スクエア(四角形)の隊列を作り、それぞれのペアの男女は四角形の中央を向いている。

 ウィンナワルツの音楽が鳴り始めると、男女は数個の短いステップの連続(フィガー)を繰り返す。その間にパートナーが次々と入れ替わったり、戻ったりを繰り返す。くるくるとターンしながら手を取り合ってステップを踏み、またくるくるとターンをする。

 それは、とても華やかで、舞踏会に相応しいと言える優雅なダンスだった。見ているだけで、美姫の気持ちが高揚し、憧れのような眼差しでカドリーユを踊る生徒たちの動きを追い、見つめた。

 けれど......私には、踊れない......

 秀一以外の男性の手に触れることが出来ない美姫には、カドリーユを踊ることは到底無理だった。

 カドリーユを見終わった美姫は加代子に力ない笑みを溢した。

「難しすぎて......舞踏会には日がないですし、私には無理、です......」

 加代子は美姫の返答に残念そうな表情をしたが、それ以上無理強いすることはなかった。

 1時間半ほどのレッスンの間、美姫はスタジオ入ってすぐに設置してある長椅子に腰掛け、皆がダンスしている様子をずっと眺めていた。

 優雅なウィンナ・ワルツに乗せて、くるくると回ったり、軽やかにステップを踏みながらダンスをしている様子を見ていると、自分もそこに加わりたい気持ちが高まってくる。

 私はこのままずっと......男性と近づいたり、触れたりすることを恐れながら生活していかないといけないのかな。
 日本に帰国したら専門医とカウンセリングするって言ってたけど......不安で仕方ない。トラウマから立ち直れる日がいつか来るなんて、今はまだ考えもつかない......

「お待たせ」

 気がつくと生徒たちはダンスを終え、ぞろぞろとスタジオの扉を出て行くところだった。加代子は首にかけたタオルで汗を拭き、爽やかに生徒たちを見送った。

「どうだった?」
「えぇ、見ているだけでもとても楽しかったです」
 
 美姫は先程心に芽生えた思いを隠して微笑んだ。

「じゃあ、今からは美姫さんのダンスのレッスンしましょうか」
「えっ、これから...ですか」
「うふっ。本番まではあと5日しかないのよ。しっかり躰に覚えさせなくちゃね」

 加代子さんって、ダンスになると性格が変わる気が......

 まさかこれからまたダンスの練習をすると思っていなかった美姫は顔を引き攣らせた。


「も、もう無理です......」

 2時間のレッスンの後、美姫は息を切らせて加代子に訴えた。

「そうね...お腹も空いたし、そろそろディナーにしましょうか。私の家、この近くなの。一緒に食べましょ」

 加代子はすっかり自分の意思を美姫の意思と捉え、チェンジルームへと向かった。

 これぐらいの強引さがないと、外国では生き抜いていけないのかな......

 美姫もふらつきそうになる躰を支えるように立ち、着替えのためにスタジオを出た。
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