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来訪者

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 ランチを食べた後、ダンスの練習の為の衣装一式を買い揃え、歩いてスタジオへと向かった。

 一見、倉庫が並んでいるような一角に加代子のダンススタジオはあり、扉を開けるまではここに本当にスタジオがあるのかと疑わしいほどだったが、中は意外と広かった。

 入ってすぐ左横に小さな事務所スペースがあり、その奥には着替えのためのチェンジルームとお手洗い、そして真正面には大きなスタジオの扉があった。磨き上げられたフローリングの床、壁面は全てガラス張りになっている。

「ふふっ...小さいけど、私の城よ」

 髪をトップに高く結い上げ、レオタードを纏って背筋をまっすぐに伸ばした加代子は、先ほどまでの親しげな雰囲気から一転した。

 美姫も加代子に習って髪をお団子にまとめ、バレエ用の薄いピンクのレオタードを着ていた。美姫にとっては、ダンスといえばこれが一番踊りやすい格好だった。

「じゃ、始めましょうか。ホーフブルク王宮の舞踏会は誰でも気軽に参加できるけれど、折角参加するなら踊れなくちゃ楽しめないわ。

 舞踏会では必ずかかるウィンナ・ワルツは必須よ。あとはワルツ、それからジャズやスイングジャズも王宮舞踏会では流れるから、フォックストロットとスロー・フォックストロットあたりも踊れるといいわね。
 美姫さんは社交ダンスの経験はある?」
「あ、はい...ひととおり習ってはいます」

 遠慮がちに答えた美姫に、加代子は満足そうに頷いた。

「基本ができているなら、それだけでバッチリね。一度覚えたステップはそう簡単に忘れることはないから」

 加代子のレッスンは思っていたよりも過酷だった。

 まずは社交ダンスとしての基礎である姿勢から始まり、続いてステップ、ターンの練習。それが終われば音楽なしで通しで組んで踊り、次に音楽をかけ、間違えればまた初めからやり直し......全くの未経験ではないとはいえ、久しぶりに本格的に踊るステップやターンは勘を取り戻すまでに暫しの時間と感覚を要した。

 美姫は最初は寒いと感じていたスタジオの中でいつの間にか汗びっしょりになって、躰を火照らせながら踊り続けた。

「少し、休憩しましょうか」

 加代子が声をかけ、ようやく美姫はスタジオの床にへなりと座り込んだ。

 出て行った加代子がウォーターボトルを持って戻って来た。

「水分補給は絶対に欠かさないでね」
「はい」

 まるで躰全体が水分を欲していたかのように、喉から入った水がぐんぐん吸収されていくのを感じた。

「美姫さんは基礎がしっかり出来てるから教えていて楽しいわ。つい、私も熱がこもっちゃった」

 加代子は手にしたウォーターボトルの水をぐいっと飲み干し、ハハッと笑った。

「ダンスで一番大切な美しい姿勢が自然に備わってるのよね。これって本当に大事なことだわ。それに、華奢なのに腹筋で躰を支えることも出来ているし、バランス感覚も優れてる。
 ねぇ、社交ダンス以外のダンス経験はあるの?」
「幼少から中学生まではバレエを習っていました」
「あぁ、だからね。納得がいったわ」

 ふと、入り口の扉が開く音が聞こえてきた。ガヤガヤと騒がしい音とともに美姫と同じくらいの歳の男女が大勢入ってきた。

「あら、もうこんな時間。レッスンの準備始めなきゃ」

 美姫は慌てて扉の近くの長椅子に置いてあったジャケットを羽織った。
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