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来訪者
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本来であれば秀一が仕事が立て込んで忙しい間、美姫は両親と共に家族旅行を楽しむつもりだった。だが、父も母も日本へ帰国し、秀一も仕事に追われる中、美姫の予定は白紙になってしまった。
美姫はその旨を秀一に伝えると、彼の滞在している部屋へと戻るように言われた。そこに、彼の友人が訪ねてくるという。
部屋はベッドメイキングが入った後らしく、まるでまだ誰も足を踏み入れたことがないかのように部屋は綺麗に整っており、清潔な匂いが漂っていた。
これから来るって......どんな、女性なんだろう......
突然の来訪者の知らせに、秀一の紹介だから大丈夫と思いつつも、美姫の中に不安が広がっていく。
それから1時間ほどして、部屋のインターホンが鳴った。
来、た......
「はい......」
不安に慄く心を胸に扉へと向かう。
部屋にはインターホンのモニターがない為、万が一のことを考え二重ロック用のチェーンを掛け、おずおずと扉を開けた。
僅かな扉の隙間から見えた先には、恐らく秀一とあまり変わらないのではないだろうかというぐらい背の高い、無駄な贅肉が一切感じられないスラッとした姿勢の良い女性が立っていた。年は40代半ばあたりだろうか、少し白髪の混じった肩までの黒髪。細めた目尻には何本か皺が入っており、いかにも人の良さそうなにこやかな笑みを浮かべている。
「初めまして。来栖さんの紹介でこちらに来ました。仲田 加代子です」
美姫は一目で彼女の柔らかい雰囲気に惹かれ、気が許せそうな気がした。
「初めまして、来栖美姫です」
「あはっ、そうね。あなたも来栖さんだったわね。ごめんなさいね」
そういって屈託無く笑う姿は、きっと少女の頃から変わっていないのだろうなと思わせるような笑顔だった。
「あ、どうぞ。入って下さい」
美姫は不安が小さくなっていくのを感じながら、いったん扉を閉めてチェーンを外し、再び扉を開くと加代子を招き入れた。
「突然の訪問でびっくりされたでしょう?」
加代子は案内されたソファに座り、紅茶を用意する美姫に向かって話しかけた。
「仲田さんこそ、驚かれたんじゃないですか。秀一さんが無理を言ってしまって、申し訳ないです......」
いつもベッドメイキングの度に新しく変えられているホテル側で用意されているチョコレートをイングリッシュブレックファーストティーに添えてテーブルに置くと、美姫は加代子の隣に座り、ちょこんと頭を下げた。
「あ、苗字呼びじゃなくていいわよ、慣れてなくて。こっちに長く住んでると、忘れちゃうぐらいだもの。気にしないでいいから」
加代子はアハハと笑った。
「秀一さん......なんて言ってましたか?」
美姫はこの不思議な状況を把握すべく、加代子に尋ねた。
「『私の姪が突然の両親の帰国でスケジュールが空いてしまったので、ちょうどいい機会だから、舞踏会のためのダンスのレッスンをつけてあげて下さい』って頼まれたのよ」
加代子は「これ、美味しいわね」と、チョコレートを口に摘みながら軽くそう言った。
「え...舞踏会!?」
美姫は予想もしていなかった展開に思わずティーカップを手にしようとしていた動きを止め、加代子を見上げた。
「あら、聞いてない?大晦日の夜にホーフブルク王宮で舞踏会が開かれるんだけど、美姫さんをデビュタントとして参加させるからって言ってたわよ」
「デビュ...タントって、何ですか?」
「いわゆる社交界デビューのことね。18歳から20歳の社交界デビューした上流階級や貴族の娘のことを言うんだけど、オーストリアでは年頃の娘が舞踏会に初めて出ることを『デビュタント』って言ってるのよ」
秀一さんって、いつも...何も言ってくれないから。私は驚かされてばかり.......
「私ね、舞踏会に参加する人たちのためにダンスを教えているの。だから来栖さんに頼まれたんだけどね。せっかく舞踏会に出るなら、ちゃんと踊れたほうが楽しいでしょ?時間もあるみたいだし。
今日もこれから夕方から生徒たちにスタジオでダンスを教えることになってるから、一緒に来ない?」
加代子の言葉を聞き、美姫の胸が次第に高まってくる。
舞踏会......
美姫は、両親と共に海外に行った際にパーティーに招かれ、そこでダンスをしたことはあったが、こういった正式な舞踏会に参加したことはなかった。
幼い頃、お母様に読んでいただいた童話「シンデレラ」。シンデレラが舞踏会で王子様と出会い、恋に落ちた物語に幼いながらも胸をときめかせ、いつか自分も舞踏会に行ってみたい...なんて憧れたっけ。
いつも秀一さんには甘やかされているけれど、ウィーンに来てからは蕩かされるほどに甘やかされて.....幸せ過ぎて、怖いって...こういうことを言うのかな。
私は秀一さんが傍にいてくれるだけで十分幸せなのに、いつもそれ以上の幸せを与えられて、バチが当たるんじゃないかって心のどこかで怯えてしまう自分がいる。
ううん......そんなネガティブなこと考えてたら、私の為に色々と手を尽くしてくれた秀一さんに失礼だよね。
大晦日の夜にホーフブルク王宮の舞踏会で秀一さんと新年を迎えられるなんて、本当に夢みたい......
お父様たちが帰国されて、ここにいてもやることもないんだし......せっかくだから、楽しもう。
美姫はその旨を秀一に伝えると、彼の滞在している部屋へと戻るように言われた。そこに、彼の友人が訪ねてくるという。
部屋はベッドメイキングが入った後らしく、まるでまだ誰も足を踏み入れたことがないかのように部屋は綺麗に整っており、清潔な匂いが漂っていた。
これから来るって......どんな、女性なんだろう......
突然の来訪者の知らせに、秀一の紹介だから大丈夫と思いつつも、美姫の中に不安が広がっていく。
それから1時間ほどして、部屋のインターホンが鳴った。
来、た......
「はい......」
不安に慄く心を胸に扉へと向かう。
部屋にはインターホンのモニターがない為、万が一のことを考え二重ロック用のチェーンを掛け、おずおずと扉を開けた。
僅かな扉の隙間から見えた先には、恐らく秀一とあまり変わらないのではないだろうかというぐらい背の高い、無駄な贅肉が一切感じられないスラッとした姿勢の良い女性が立っていた。年は40代半ばあたりだろうか、少し白髪の混じった肩までの黒髪。細めた目尻には何本か皺が入っており、いかにも人の良さそうなにこやかな笑みを浮かべている。
「初めまして。来栖さんの紹介でこちらに来ました。仲田 加代子です」
美姫は一目で彼女の柔らかい雰囲気に惹かれ、気が許せそうな気がした。
「初めまして、来栖美姫です」
「あはっ、そうね。あなたも来栖さんだったわね。ごめんなさいね」
そういって屈託無く笑う姿は、きっと少女の頃から変わっていないのだろうなと思わせるような笑顔だった。
「あ、どうぞ。入って下さい」
美姫は不安が小さくなっていくのを感じながら、いったん扉を閉めてチェーンを外し、再び扉を開くと加代子を招き入れた。
「突然の訪問でびっくりされたでしょう?」
加代子は案内されたソファに座り、紅茶を用意する美姫に向かって話しかけた。
「仲田さんこそ、驚かれたんじゃないですか。秀一さんが無理を言ってしまって、申し訳ないです......」
いつもベッドメイキングの度に新しく変えられているホテル側で用意されているチョコレートをイングリッシュブレックファーストティーに添えてテーブルに置くと、美姫は加代子の隣に座り、ちょこんと頭を下げた。
「あ、苗字呼びじゃなくていいわよ、慣れてなくて。こっちに長く住んでると、忘れちゃうぐらいだもの。気にしないでいいから」
加代子はアハハと笑った。
「秀一さん......なんて言ってましたか?」
美姫はこの不思議な状況を把握すべく、加代子に尋ねた。
「『私の姪が突然の両親の帰国でスケジュールが空いてしまったので、ちょうどいい機会だから、舞踏会のためのダンスのレッスンをつけてあげて下さい』って頼まれたのよ」
加代子は「これ、美味しいわね」と、チョコレートを口に摘みながら軽くそう言った。
「え...舞踏会!?」
美姫は予想もしていなかった展開に思わずティーカップを手にしようとしていた動きを止め、加代子を見上げた。
「あら、聞いてない?大晦日の夜にホーフブルク王宮で舞踏会が開かれるんだけど、美姫さんをデビュタントとして参加させるからって言ってたわよ」
「デビュ...タントって、何ですか?」
「いわゆる社交界デビューのことね。18歳から20歳の社交界デビューした上流階級や貴族の娘のことを言うんだけど、オーストリアでは年頃の娘が舞踏会に初めて出ることを『デビュタント』って言ってるのよ」
秀一さんって、いつも...何も言ってくれないから。私は驚かされてばかり.......
「私ね、舞踏会に参加する人たちのためにダンスを教えているの。だから来栖さんに頼まれたんだけどね。せっかく舞踏会に出るなら、ちゃんと踊れたほうが楽しいでしょ?時間もあるみたいだし。
今日もこれから夕方から生徒たちにスタジオでダンスを教えることになってるから、一緒に来ない?」
加代子の言葉を聞き、美姫の胸が次第に高まってくる。
舞踏会......
美姫は、両親と共に海外に行った際にパーティーに招かれ、そこでダンスをしたことはあったが、こういった正式な舞踏会に参加したことはなかった。
幼い頃、お母様に読んでいただいた童話「シンデレラ」。シンデレラが舞踏会で王子様と出会い、恋に落ちた物語に幼いながらも胸をときめかせ、いつか自分も舞踏会に行ってみたい...なんて憧れたっけ。
いつも秀一さんには甘やかされているけれど、ウィーンに来てからは蕩かされるほどに甘やかされて.....幸せ過ぎて、怖いって...こういうことを言うのかな。
私は秀一さんが傍にいてくれるだけで十分幸せなのに、いつもそれ以上の幸せを与えられて、バチが当たるんじゃないかって心のどこかで怯えてしまう自分がいる。
ううん......そんなネガティブなこと考えてたら、私の為に色々と手を尽くしてくれた秀一さんに失礼だよね。
大晦日の夜にホーフブルク王宮の舞踏会で秀一さんと新年を迎えられるなんて、本当に夢みたい......
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