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綱渡りの会話

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 翌朝、美姫と凛子はホテルのロビーにて誠一郎を見送った。

「あなた...やっぱり私も行きます」

 思い詰めたような表情で呼びかける凛子に誠一郎は彼女の肩に手を置き、笑顔を見せた。

「昨夜も言っただろう。心配するな。お前には美姫との時間を大切にして欲しい」
「お父様、お気をつけて......」
「あぁ、行ってくる」

 誠一郎はスーツケースを手にタクシーに乗り込み、窓からふたりに手を振ると去って行った。

 不安そうにそれを見つめる凛子の後ろ姿を美姫が見つめる。

 お父様がお一人で仕事に向かうのがそれほど不安だなんて、よっぽどお母様に依存してらっしゃるからなのかな......それとも仕事先で何か問題があるから、なの?

 けれど、美姫はその後ろ姿に問いかけることはなかった。

 誠一郎が帰国し、ひとり部屋になったことで、凛子の提案で美姫は母と同じ部屋に滞在することになった。

 秀一と夜、一緒に過ごせないのは寂しいが、ここで断って変に疑われるような真似はしたくない。それに、母と同じ部屋で一緒に寝るという初めての体験を嬉しくも思っていた。

 幼い頃から美姫は両親とは別室で、同じ部屋で寝ることはなかった。旅行の時でさえも2つ寝室のあるホテルルームで別室で寝かせられた。

 それが、この歳になってようやく実現することになるなんて......

 美姫は、幼い頃眠れなくて両親の寝室を訪れたことを思い出した。

 あの時、お父様とお母様は怖くて眠れないと言った私を優しく受け入れてくれて、一緒のベッドで寝かせてくれたけど、朝になって自分のベッドで寝ていることに気付いた時、とても悲しかった。

 あれ以来、私は眠れない時には佐和さんの元に行くようになったし、そのことをふたりは知っていても何も言われなかった。それが私を更に悲しい気持ちにさせたんだよね......

 それもあって、美姫は両親への愛情を感じながらも、どこか両親の間に入り込めないものを感じていた。美姫はそれを、両親がお互いを思う愛情が娘に対する愛情よりも強いからなのだと思っていた。
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