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憂慮

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 美姫と秀一は、美姫の両親である誠一郎と凛子を出迎えるため、再びウィーン・シュヴェヒャート空港の到着ゲートに立っていた。

 ふたりが滞在していたドイツの商業都市であるフランクフルトを8時50分に発ったルフトハンザの飛行機は、ウィーンに10時10分到着予定となっていた。美姫は秀一とともに両親を空港に迎えに行くことは今までに何度かあったが、外国の空港で両親を迎え入れるという初めての状況に、高揚と緊張と不安を感じていた。

 腕時計を見ると、10時40分を指している。そろそろ両親がゲートに現れる頃だ。

 飛行機の到着時刻を過ぎてから、ふたりは自然にスペースを空けて立っていた。それは、『恋人』から『叔父と姪』への関係への切り替えであった。

 到着ゲートの自動扉が開く。背の高い欧米人達に混じって、誠一郎と凛子が小さめのスーツケースを引いて歩いてくるのが見えた。デュッセルドルフには2週間滞在していたとのことだったが、それにしては荷物が少ないのは、旅慣れている証拠なのだろう。

 誠一郎はキョロキョロと落ち着きなく視線を彷徨わせていたが、凛子は扉を出てすぐに美姫と秀一を認め、誠一郎に呼び掛けた。その途端、誠一郎は満面の笑みを浮かべ、手を振る。

 美姫はそんなふたりを見て、両親に会えたこと、そしてこれから一緒の時間を過ごせることを心から嬉しく思った。

「お父様、お母様、ウィーンへようこそ」

 美姫は花が咲いたような笑みを浮かべ、それを見た誠一郎と凛子はお互い顔を見合わせ、嬉しそうに微笑んだ。

「ふふっ。美姫にウィーンで会えるなんて、本当に嬉しいわ。秀一さんお忙しいのに、わざわざ迎えに来て下さってありがとうございます」
「いえ、オーストリアの地理に詳しくない美姫をひとりで行かせるわけにはいきませんから。この後、私は昼から仕事が入っていますので、ホテルまでお送りすることぐらいしかできませんが」
「いやいや十分だよ。すまんな、秀一」

 誠一郎も凛子同様に申し訳なさそうにした後、久々に会う愛娘を慈しむように見つめた。

「美姫、久しぶりだな」

 そう言って、誠一郎が美姫に手を伸ばした瞬間...美姫の躰がビクッと震える。と同時に、秀一の手が誠一郎の手を掴んだ。

「...兄様。美姫はもう立派な淑女ですので、子供扱いされるのは嫌がる年頃ですよ?」

 秀一はにこやかに笑みを浮かべ、誠一郎を軽く窘めた。その間、美姫の心臓がドクドクと早鐘を打ち、背中から冷たい汗が滴り落ちる。

 誠一郎は秀一に手を掴まれたまま、キョトンとした。

「そう、なのか?」

 おおおおおお落ち着くんだ......絶対に、悟られちゃ、ダメ......

 速まる鼓動を押さえつける。

 大丈夫...大丈夫......私は、絶対に乗り切ってみせる......

「お父様、私はもう20歳ですよ? 子供扱いしないで下さい」

 可愛く拗ねたように、美姫は口を尖らせた。

「そ、そうか...すまん、すまん。いやぁ、いつまでも小さい子供のように扱っていてはレディーに申し訳ないな」

 秀一は軽く誠一郎の手を解き、誠一郎はその手で恥ずかしそうに頭を掻いた。美姫は心の中で安堵の息を吐いた。

「うふふ、秀一さんに女性の扱い方の手解きを受けた方がいいかもしれませんね」

 凛子はそう言って微笑むと、その場は途端に和やかな雰囲気になった。

 美姫は自分が父に対しても他の男性と同じような拒否反応を起こしたことにショックを受けていたが、それを必死に押し隠し、皆と一緒に笑った。

 どう、して......お父様を、男性だなんて意識したこと、なかったのに......お父様にまで、拒否反応を示してしまうなんて。

 これから過ごす幸せなはずだった家族の時間に、暗い影が落ちていく恐怖を美姫は感じた。
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