259 / 1,014
過去から語られる過去
3
しおりを挟む
「えぇ。私がレナードに会ったのはモルテッソーニに師事してからでしたが、彼の曲を初めて聴いた時、すぐに昔の自分と重なりました......美姫、貴方と出会う前の自分に。
彼は楽譜通りにピアノを弾くことは出来るし、その技術は非常に高いものでしたが、そこに彼の心というものは全くありませんでした。私はそんなレナードを気にかけるようになったのです。
そして、私たちには幾つかの共通点があることが分かりました。私生児として育ったことや、上流階級の父親に養子として引き取られたこと、義母と上手くいってなかったこと、辛く苦しい思いをピアノを弾くことで乗り越えてきたこと……
それから、懐いてくるレナードが少しずつ笑顔を見せるようになり、他の兄弟弟子とも会話をするようになったり、演奏も今までのような無機質なものから感情が滲み出るようになったりと、まるで昔の自分が立ち直っていく姿が目の前で見せられているかのように錯覚して、自分のことのように嬉しく感じました。
そうですね、確かにそう言った感情は今まで貴女以外に感じたことはありませんでした。けれどそれは、レナードを過去の自分と重ねていたからに過ぎません。私には言うまでもなく、恋愛感情は一切ありません。
レナードが私に憧れからの恋心を抱いていたのはもちろん気づいていましたが、貴女以外を愛することなど出来ない私には到底受け入れることなど出来ませんでした。何度もレナードにはお伝えしたのですが……猪突猛進とは彼のことを言うのでしょうね」
秀一は何かを思い出したかのように苦笑した。
美姫は、レナードの秀一への恋心や、ふたりの間に何かあったのか、ということよりも、レナードの過去に重なるように語られていく隠れた秀一の過去の話に愕然とした。
秀一さんも昔、レナードと同じような辛い思いをしていたの?
私、そんなこと……全然知らなかった。秀一さんは今までそんな話、してくれなかったから。過去のことは、何も……それはお父様も同じで、来栖家の過去について話してくれることはなかった。
秀一さんは私が生まれてから20年間、ずっと私を見守り、見つめ続けてきて、私のことは離れていた時間があったものの、何でも知っていて......けれど、私は自分が生まれる前の秀一さんを何も知らないという事実に今更ながら、気付かされた。
私だって、知りたくなかったわけではない。過去にそれとなく聞いてみたこともあった。
でも、秀一さんにしろ、お父様にしろ、口を濁し、それとなく他の話題にすり替えられることが続き……それは、私の中でのタブーとなった。
だから今、こうしてレナードの過去を聞くことによって秀一さんの過去を聞けたのは複雑な気分だ。
秀一さんは…….今でも私に、自分の過去を語りたくないと思っているのだろうか。
秀一さんの、過去。知りたくもあり、知ってはいけない気もする。もし彼がそれを望まないのであれば……私は聞く術を持たない。
どうする?
それは、開けてもいい扉なの?
決断出来ないまま、美姫は秀一に呼びかけた。
「秀一さ...」
美姫の唇に秀一が人差し指を当てた。
「約束を…果たしましょうか」
耳元で甘く低い秀一の声が熱い吐息とともに零されて、美姫はフルリと身を震わせて身を竦めた。
やく、そく?
秀一が後ろから腕を回して交差した。
「ひゃんっ!!」
ネットリとした秀一の舌の感触を耳朶に感じて、美姫は奇声を発した。
「今日は、貴女に寂しい思いをさせてしまいましたね。『このお詫びは、今夜にでも…貴女との時間で償いますので……』そう、約束したでしょう?」
「ッハァ…や…ンフ…」
耳朶を舐められながら紡がれる言葉と吐息に、だんだんと美姫の意識が朦朧とし、躰の隅々が急激に熱くなる。
そう、だった……
昼間の秀一の言葉を思い出し、美姫はカーッと顔が熱くなり、耳まで真っ赤になった。
話を逸らされてしまった……秀一さんは過去の話にはやっぱり触れてほしくないんだ。
そのわけを美姫は考えようとするが、そんな余裕など、奪われてしまった。
彼は楽譜通りにピアノを弾くことは出来るし、その技術は非常に高いものでしたが、そこに彼の心というものは全くありませんでした。私はそんなレナードを気にかけるようになったのです。
そして、私たちには幾つかの共通点があることが分かりました。私生児として育ったことや、上流階級の父親に養子として引き取られたこと、義母と上手くいってなかったこと、辛く苦しい思いをピアノを弾くことで乗り越えてきたこと……
それから、懐いてくるレナードが少しずつ笑顔を見せるようになり、他の兄弟弟子とも会話をするようになったり、演奏も今までのような無機質なものから感情が滲み出るようになったりと、まるで昔の自分が立ち直っていく姿が目の前で見せられているかのように錯覚して、自分のことのように嬉しく感じました。
そうですね、確かにそう言った感情は今まで貴女以外に感じたことはありませんでした。けれどそれは、レナードを過去の自分と重ねていたからに過ぎません。私には言うまでもなく、恋愛感情は一切ありません。
レナードが私に憧れからの恋心を抱いていたのはもちろん気づいていましたが、貴女以外を愛することなど出来ない私には到底受け入れることなど出来ませんでした。何度もレナードにはお伝えしたのですが……猪突猛進とは彼のことを言うのでしょうね」
秀一は何かを思い出したかのように苦笑した。
美姫は、レナードの秀一への恋心や、ふたりの間に何かあったのか、ということよりも、レナードの過去に重なるように語られていく隠れた秀一の過去の話に愕然とした。
秀一さんも昔、レナードと同じような辛い思いをしていたの?
私、そんなこと……全然知らなかった。秀一さんは今までそんな話、してくれなかったから。過去のことは、何も……それはお父様も同じで、来栖家の過去について話してくれることはなかった。
秀一さんは私が生まれてから20年間、ずっと私を見守り、見つめ続けてきて、私のことは離れていた時間があったものの、何でも知っていて......けれど、私は自分が生まれる前の秀一さんを何も知らないという事実に今更ながら、気付かされた。
私だって、知りたくなかったわけではない。過去にそれとなく聞いてみたこともあった。
でも、秀一さんにしろ、お父様にしろ、口を濁し、それとなく他の話題にすり替えられることが続き……それは、私の中でのタブーとなった。
だから今、こうしてレナードの過去を聞くことによって秀一さんの過去を聞けたのは複雑な気分だ。
秀一さんは…….今でも私に、自分の過去を語りたくないと思っているのだろうか。
秀一さんの、過去。知りたくもあり、知ってはいけない気もする。もし彼がそれを望まないのであれば……私は聞く術を持たない。
どうする?
それは、開けてもいい扉なの?
決断出来ないまま、美姫は秀一に呼びかけた。
「秀一さ...」
美姫の唇に秀一が人差し指を当てた。
「約束を…果たしましょうか」
耳元で甘く低い秀一の声が熱い吐息とともに零されて、美姫はフルリと身を震わせて身を竦めた。
やく、そく?
秀一が後ろから腕を回して交差した。
「ひゃんっ!!」
ネットリとした秀一の舌の感触を耳朶に感じて、美姫は奇声を発した。
「今日は、貴女に寂しい思いをさせてしまいましたね。『このお詫びは、今夜にでも…貴女との時間で償いますので……』そう、約束したでしょう?」
「ッハァ…や…ンフ…」
耳朶を舐められながら紡がれる言葉と吐息に、だんだんと美姫の意識が朦朧とし、躰の隅々が急激に熱くなる。
そう、だった……
昼間の秀一の言葉を思い出し、美姫はカーッと顔が熱くなり、耳まで真っ赤になった。
話を逸らされてしまった……秀一さんは過去の話にはやっぱり触れてほしくないんだ。
そのわけを美姫は考えようとするが、そんな余裕など、奪われてしまった。
0
お気に入りに追加
343
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる