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変調

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 秀一が立ち上がり、ゆっくりとピアノから離れた。

 皆にドイツ語で何か告げた後、美姫の元へと来ると頭に手を優しく置いた。

「様子を、見てきます……」

 小さく頷いた美姫を確認すると髪を撫で下ろし、秀一の指先が離れた。

 その感触が離れてしまったことを寂しく思っていると、ザックが話しかけた。

『シューイチの弾く「シューベルトのセレナーデ」をレナードは大好きだったから、その印象が変わっちゃって、それでレナードは怒って出て行っちゃったんだ』
『印象が、変わった…って?』
『うん。僕も…っていうか、ここにいたみんなが驚いたと思うけど、シューイチの弾く「セレナーデ」は、もっと悲しげで、切なくて、胸が掻き毟られるような苦しさを伴ってたんだよね……まるで、叶わない恋心を嘆いているような。

 それが、今日の演奏ではまるで違っていた。愛に満ち溢れていて、恋人にその想いを今すぐにでも伝えんとせんばかりの幸せが、鍵盤から流れ出していたんだ……』

 秀一が美姫に演奏前に告げた言葉を思い出す。

『この曲を貴女に捧げます……』

 それは、私を想って演奏してくれたから、ってこと…なんだよね? その変化は……良くない、ことなの?
 音楽に疎い私には、分からない。

 すると、モルテッソーニが美姫の顔を見ながら何か話しかけた。

 ザックが通訳してくれる。

『モルテッソーニは、シューイチの変化は悪いことではない。むしろ、喜ばしい変化だって言ってる。本来、「シューベルトのセレナーデ」は恋人に愛を告げるための曲だし、愛情が満ち溢れたシューイチの演奏は素晴らしかったって』

 それを聞いて、美姫はホッとした。

 ミシェルは長い脚を組み替えると、含みのある笑みを浮かべた。

『印象が変わったから怒ってるんじゃないわよ……嫉妬よ、嫉妬』

 嫉妬……

 ピアノの演奏から秀一さんの心情まで引き出して、嫉妬まで感じてしまう、なんて……

 それ程、レナードが秀一と近い関係にあったのかと、美姫は暗い気持ちに陥る。

 ザックがミシェルの言葉を受けて、補足するように美姫に説明した。

『レオはさぁ、モルテッソーニというよりは、シューイチの演奏に憧れてここに来たんだ。いつもシューイチの後を追いかけて、彼の演奏スタイルを真似してた。そんなレオを、シューイチも可愛がっててさ。あ、恋愛的な意味じゃなくてね、弟みたいなもん、かな。まぁ、シューイチもレオの音楽的センスや才能には一目置いてたしね。

 だから、シューイチが日本に帰国した時はもう大変だったよ、塞ぎこんじゃってさぁ……かなり長い間、ピアノに触れることもしなかったな……
 それで、ようやく再会出来たと思ったら、演奏がまるで変わっちゃってて、それが凄くショックだったみたいだね』

 レナードと秀一の過ごした日々を思うと…美姫は胸が痛くなった。
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