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変調
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秀一の指鳴らしが終わった。レナードがスッと腰を真っ直ぐにして立ち上がり、壁に立てかけてあったヴァイオリンケースの一つを手に取る。
『レナードはピアノだけでなく、ヴァイオリニストとしても一流なんだ』
ザックが美姫に目を向けず、真っ直ぐな視線を正面に向けたまま真剣な顔つきで言った。これから行われる共演を一瞬たりとも見逃したくない、そんな気持ちが伝わってきて、美姫も姿勢を正して秀一とレナードに目を向けた。
レナードは椅子の上にヴァイオリンケースを置き、腰を少し屈めた。真っ白で細い指先が蓋へとかかり、パチンという金属音を鳴らして開ける。美しく芸術的な曲線を描くヴァイオリンと弓を繊細なものを扱うように慎重に、優しく取り出した。
左手にヴァイオリン、右手に弓を持ってレナードが秀一の元へと颯爽と歩いて向かう。その姿だけでも絵になるぐらい、溜息が出るほど優美な動作だ。
レナードがなにか、秀一に話しかけている。
『レナードはシューイチが弾く「シューベルトのセレナーデ」が好きなんだ。
今日もそれを弾いてくれって頼んでる。ま、いつものことだからシューイチも分かってる、って感じだけど』
ザックの解説が入ったところで、美姫の視界の中の秀一がレナードに向かって頷いた。
フランツ・ペーター・シューベルト作曲、歌集「白鳥の歌」第4曲「セレナーデ(セレナードとも呼ばれる)」。
セレナーデという曲名は多数あるため、一般的に「シューベルトのセレナーデ」と呼ばれている。古今の数多い同趣の曲の中でも特に美しく、代表的な名曲とされている。
レナードがすっと背筋を伸ばして胸を張る。もう彼には先程見せたような少し子供っぽい表情など欠片もなく、そこにはヴァイオリニストとしての顔があった。
ヴァイオリンを肩に軽く載せ、肩と左手で支えると顎を顎あてにのせた。少しうつむき加減になっている目元がプラチナブロンドの長い睫毛で覆われ、憂いを帯びて見える。
一度左手を外し、顎あてだけでヴァイオリンを支え、左手をもう一度添えて調節し、右手の3本の指で支えられた弓が弦に触れる。二度ほど弓で弦を弾いて音を確認すると、弓を外して息を吐いた。レナードの緊張感が美姫にまで伝わって来る。
ピアノの前に座る秀一に一瞬アイコンタクトをとり、再び演奏の体制に入り、軽く弓を弦に触れさせた。
秀一がレナードの準備が整ったのを確認してピアノの鍵盤に指先が触れる。一拍置いた呼吸と共に絶妙なタイミングで曲が始まった。その、あうんの呼吸に美姫はチリッと焼け付くような嫉妬を覚えた。
なんて、甘やかで……切なくて……美しい、愛の響きなんだろう……
ピアノとヴァイオリンの演奏は、歌詞がなくとも恋人に向けて胸の高鳴りを訴えかけてくるような愛を歌っているようだった。秀一の情感溢れるその響きに、美姫は深い愛情に包まれているような幸せな気持ちに満たされていく。
まるで窓際に立ち、その窓の下に立って秀一に愛を乞うセレナーデを歌ってもらっているような、そんな錯覚さえ起こしてしまう。
素敵......
うっとりとその響きに聴き惚れていると、突然ヴァイオリンの音が止んだ。
と思ったら、レナードの激しい怒号と共に弓が床に投げつけられた。
えっ……一体、どうしたの!?
レナードはドイツ語で秀一に激しく叫んだ後、ヴァイオリンを手に持ったまま扉へと向かった。
美姫の座っているソファを横切る際、彼女を射るような鋭い目線で一瞬見つめた後、その美しい顔立ちに似合わないドスドスとした音を響かせながら、扉をバタンと大きな音を立てて閉め、階段を上って出て行ってしまった。
『レナードはピアノだけでなく、ヴァイオリニストとしても一流なんだ』
ザックが美姫に目を向けず、真っ直ぐな視線を正面に向けたまま真剣な顔つきで言った。これから行われる共演を一瞬たりとも見逃したくない、そんな気持ちが伝わってきて、美姫も姿勢を正して秀一とレナードに目を向けた。
レナードは椅子の上にヴァイオリンケースを置き、腰を少し屈めた。真っ白で細い指先が蓋へとかかり、パチンという金属音を鳴らして開ける。美しく芸術的な曲線を描くヴァイオリンと弓を繊細なものを扱うように慎重に、優しく取り出した。
左手にヴァイオリン、右手に弓を持ってレナードが秀一の元へと颯爽と歩いて向かう。その姿だけでも絵になるぐらい、溜息が出るほど優美な動作だ。
レナードがなにか、秀一に話しかけている。
『レナードはシューイチが弾く「シューベルトのセレナーデ」が好きなんだ。
今日もそれを弾いてくれって頼んでる。ま、いつものことだからシューイチも分かってる、って感じだけど』
ザックの解説が入ったところで、美姫の視界の中の秀一がレナードに向かって頷いた。
フランツ・ペーター・シューベルト作曲、歌集「白鳥の歌」第4曲「セレナーデ(セレナードとも呼ばれる)」。
セレナーデという曲名は多数あるため、一般的に「シューベルトのセレナーデ」と呼ばれている。古今の数多い同趣の曲の中でも特に美しく、代表的な名曲とされている。
レナードがすっと背筋を伸ばして胸を張る。もう彼には先程見せたような少し子供っぽい表情など欠片もなく、そこにはヴァイオリニストとしての顔があった。
ヴァイオリンを肩に軽く載せ、肩と左手で支えると顎を顎あてにのせた。少しうつむき加減になっている目元がプラチナブロンドの長い睫毛で覆われ、憂いを帯びて見える。
一度左手を外し、顎あてだけでヴァイオリンを支え、左手をもう一度添えて調節し、右手の3本の指で支えられた弓が弦に触れる。二度ほど弓で弦を弾いて音を確認すると、弓を外して息を吐いた。レナードの緊張感が美姫にまで伝わって来る。
ピアノの前に座る秀一に一瞬アイコンタクトをとり、再び演奏の体制に入り、軽く弓を弦に触れさせた。
秀一がレナードの準備が整ったのを確認してピアノの鍵盤に指先が触れる。一拍置いた呼吸と共に絶妙なタイミングで曲が始まった。その、あうんの呼吸に美姫はチリッと焼け付くような嫉妬を覚えた。
なんて、甘やかで……切なくて……美しい、愛の響きなんだろう……
ピアノとヴァイオリンの演奏は、歌詞がなくとも恋人に向けて胸の高鳴りを訴えかけてくるような愛を歌っているようだった。秀一の情感溢れるその響きに、美姫は深い愛情に包まれているような幸せな気持ちに満たされていく。
まるで窓際に立ち、その窓の下に立って秀一に愛を乞うセレナーデを歌ってもらっているような、そんな錯覚さえ起こしてしまう。
素敵......
うっとりとその響きに聴き惚れていると、突然ヴァイオリンの音が止んだ。
と思ったら、レナードの激しい怒号と共に弓が床に投げつけられた。
えっ……一体、どうしたの!?
レナードはドイツ語で秀一に激しく叫んだ後、ヴァイオリンを手に持ったまま扉へと向かった。
美姫の座っているソファを横切る際、彼女を射るような鋭い目線で一瞬見つめた後、その美しい顔立ちに似合わないドスドスとした音を響かせながら、扉をバタンと大きな音を立てて閉め、階段を上って出て行ってしまった。
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