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嘘 ー美姫回想ー

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 すると、秀一さんがほんの僅かパソコンの画面へと顔を近づけた。

「兄様、美姫は最近体調を崩して大学を休んでいたのですから、大学のことなんて何も話すことはないですよ。美姫が困っているでしょう?」
「おぉ、そうだったな。すまん、すまん」
「申し訳ないのですが、これから所用でして。美姫の新居の契約に際して本人に確認して頂かなくてはならない事項がありましたので、こちらに来て頂いていたのですよ」

 す、凄い……こんなに淀みなくスラスラと……

 秀一さんの咄嗟の機転に感謝しつつ、なんの躊躇いもなく嘘をつけてしまう秀一さんを感動にも似た気持ちで見つめていた。

「そうか、年明けに引っ越しだったな。悪いな、何もかも秀一に任せてしまって」
「私は構いませんよ。可愛い姪の為ですから…」

『可愛い姪の為』そう言った後、秀一さんの重なった手に力がこもる。

 私を安心させるために......

「ではお父様、お母様、また後ほど……
 旅行、楽しみにしていますね」

 にこやかな笑みを見せると、両親へ別れを告げた。

 Skypeを終えた途端、どっと疲弊が押し寄せてきた。

「大丈夫ですか?」

 秀一さんが背中を優しく撫でてくれる。

「えぇ、驚きましたけど…大丈夫です。 
 ......それにしても、ちょうどこの時期にドイツで大きな商談が入ったなんて、すごい偶然ですよね」

 私の言葉に、秀一さんの眼鏡の奥の切れ長の目が細められた。

「えぇ、ほんとに……」

 え…もしか、して……これって実は……

 一つの考えが頭を過るけれど、それ以上追求することはせず、これは偶然だと自分に言い聞かせた。

「本当はずっと美姫とふたりで過ごしたいのですが、あちらでの仕事のスケジュールが23日以降は立て込んでまして。美姫を一人にして寂しい思いをさせるよりは、兄様たちと家族水入らずで過ごせた方がよいかと思ったのですよ。
 それに……余計な疑いをかけられなくて済みますしね」

 秀一さんはいつも私のことを気遣っていてくれる。一緒にいたいという感情だけで動いてしまっている私とは違い、ちゃんと周りの状況も考えて行動してくれている……

 それは、ふたりの関係を大切にしたいからなのだ、という秀一さんの思いが伝わってきた。

「ありがとうございます。とても、嬉しいです。
 ふふっ…お父様たちと旅行なんて、本当に久しぶり...…」

 けれど、胸に渦巻く不安もあった。

 先程skypeした時には話すことが出来なかったけれど......

「あの事件のことは…」

 躊躇いがちに切り出した私に、秀一さんがはっきりと言った。

「兄様たちには、話す必要はないかと」
「え……」
「兄様たちは美姫が日本で楽しい大学生活を送っていると信じています。美姫もあの事を話すのは思い出して辛いでしょうし、お互いの為にも話さない方がよいのではないでしょうか」

「美姫の決めることですが」と、最後に付け加えて秀さん一が言った。

 そう、なの? 話さなくても、いいの?
 …確かに私がその話をしたら、お父様もお母様も私以上に悲しみ、傷ついてしまうに違いない。

 私は……

「そうですね……話すのは、やめておきます」

 幸せな娘を、演じていたい。

 秀一さんが私の手を引き寄せた。

「貴女の辛さや苦しみは、全て私が受け止めますから……私にだけ、本当の貴女を見せてください」

 包み込まれていた手が握られ、秀一さんの温かい熱が私の不安を和らげていくようだった。
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