上 下
207 / 1,014
一抹の不安

しおりを挟む
 カフェ・グロリエッテの内部は落ち着いたベージュと象牙色の化粧漆喰で塗りたてられた壁に囲まれ、荘厳な柱や巨大な窓に見下ろされ、突き抜けるほど高い天井の美しい天井装飾の煌めきが降り注ぎ、未だに宮殿内にいるようだった。左右の天井には、ハプスブルク家の象徴である鷲の彫像が飾られていた。カフェ内には生演奏が流れ、優雅な雰囲気に更に彩りを添えている。

 ショーケースにはたくさんのケーキが並び、どれも美味しそうで見た目も可愛く、目移りしてしまう。美姫は悩んだ末に、建物の名前に因んだ『グロリエッテ・トルテ』を選んだ。

『ミキ、飲み物は絶対に「メランジェ」にして!オーストリアに来たらこれ飲まなきゃ♪』
『「メランジェ」って、どんな飲み物なんですか?』

 秀一がカフェのテーブルに視線を促しながら説明した。

『蒸気をたてたミルクを入れたコーヒーのことですよ。オーストリアでコーヒーと言ったらメランジェですね』

 言われてみれば、カフェに来ている客の殆んどが、「メランジェ」と呼ばれる飲み物を頼んでいるようで、カップから白い泡がたっているのが見えた。

『じゃあ、折角だから私もそれにします』

 メランジェとスプーンが上に乗せられた水の入ったグラスが真四角の銀皿に載せられていた。ウィーンではこれが一般的なサーブの仕方らしい。メランジェとは、コーヒーの上に泡立てられたミルク、さらにその上にはクリームが載せられているものだった。

 これって、日本で言う『ウィンナーコーヒー』だよね。

 そこで美姫は、ウィンナーというのはウィーンからきていたのだということに初めて気がついた。

 豆の風味が豊かに香るまろやかなコーヒー、というのがメランジェを口にした時の印象だ。焼きプリンのような香ばしい黄色に、トラ模様を思わせる細い茶色の線が入った上層、下層はほんのり洋酒がきいた日本人好みの甘さ控えめのグロリエッテ・タルトとの相性は抜群だった。

 オーストリアにはたくさんカフェがあり、カフェ文化発祥の地とも言われているらしい。

『昔オーストリアがトルコとの戦争の後、トルコ軍が大量に残したコーヒー豆を見つけた時にはラクダの餌だと思ったらしいですよ。そこからコーヒーが広がり、カフェ文化が広まったそうです』
『ふふっ、確かにあの豆からコーヒーを挽くという発想は、普通ではなかなか考えられないですよね…』
『ほぉんと!ラクダの餌にならなくてよかったよ!!でもさ、こんな優雅な飲み物ラクダが飲んだら、あのデレーンとした顔もキリッと引き締まっちゃうかもね』

 ザックがラクダの顔真似をしながら、メランジェを啜った。

『ふふふ…』

 美姫は久しぶりに声を上げて笑った。

 秀一さんはきっと、私が元気が出るように今日はザックを呼んだんだろうな。

 そんな秀一の心遣いが嬉しくもあり、もしかして二人きりになるのが気まずいと思われているのでは、という不安も少し掠めた。


『ところでさぁ、明日のクリスマスパーティー、シューイチとミキももちろん来るよね?』
『クリスマス、パーティー?』
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

義妹のミルク

笹椰かな
恋愛
※男性向けの内容です。女性が読むと不快になる可能性がありますのでご注意ください。 母乳フェチの男が義妹のミルクを飲むだけの話。 普段から母乳が出て、さらには性的に興奮すると母乳を噴き出す女の子がヒロインです。 本番はありません。両片想い設定です。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...