上 下
206 / 1,014
一抹の不安

しおりを挟む
 ようやくシェーンブルン宮殿内の見学を終えて3人は外に出ると、庭園を散策することにした。宮殿の後ろには真っ直ぐな道が伸び、その両脇に壮大で美しい庭園が広がっていた。

『キンキラキンの室内歩いて頭がクラクラしちゃってたから、生き返るよー!』

 ザックはうーん、と言いながら伸びをした。

『ふふっ、そうですね……』

 きらびやかで豪勢な調度品や内装は素晴らしかったが、外の空気を吸って美姫は新鮮な気持ちになった。

 真っ直ぐに伸びた先にあるグロリエッテという建物へと向かって歩く。途中、斜めに伸びた通路には左右に高い街路樹が植えられていて、通路側だけが垂直の壁のように剪定されていた。通路の左右には花壇が広がり、曲線や丸など種類によって形作られ、よく手入れされていて芸術作品としても素晴らしかった。

『ずっと歩き回ってたから疲れてない?この丘の裏にカフェがあるからさぁ、そこで休もうよぉ』
『そう言って、本当は始めからカフェが目的で歩いていたのではないですか?』
『あっ、バレた?』
『貴方の考えることなどすぐ分かります』

 ザックが指をパチン、と鳴らした。

『さっすがシューイチ!言わなくても心で通じてるってことだね♪』

 二人のやりとりに、美姫はフフッと笑みが溢れた。

 道の行き止まりにネプチューン像があり、グロリエッテの建物はその先にある。ここからは丘になっていて、約10分程の登山道になっていた。

『あぁーーーっ、疲れたー。早くメランジェ飲みたぁい!!!』

 ザックは自分でカフェに行くと決めたにも関わらず、丘を少し登っただけで弱音を上げていた。

 メランジェって何だろう…… 

 美姫がそう考えていると、手の甲に何かが触れる感触がした。

 ハッとして横を見ると、隣を歩いていた秀一の手に偶然当たってしまったのだった。秀一の手が僅かにピクッと震え、当たってしまったことは気づいたはずなのに、何事もなかったかのように素知らぬ顔で、美姫から自然に半歩離れた距離を開けて歩いた。

 触れた手の甲が、胸の痛みと共にジンジンする。

 どうし、て……いつもの秀一さんならそんなこと、しないのに……

 美姫はその理由を深く考えたくなかった。

 きっと、ザックが一緒だから…気を遣ってるんだよね……

 そんな筈はないと分かっていたが、無理やり理由をこじつけて自分を納得させ、置かれた距離に気づかないフリをして歩いた。

 心が……波立ってくるのが分かる。考えないようにしようとするのに、どうしても気になってしまう……

 だめ…考えちゃ、だめだ……

 少しでも気を抜くと昨夜のことが思い返され、先程の出来事と結びつけようとするその考えを、美姫は必死で打ち消していった。

 考え、過ぎ……だめ…自分で勝手に結論づけたら……自分で勝手に悪い方に想像して後悔するような過ちは、もう繰り返したくない。

 かつて、秀一が一時帰国した際に熱愛報道の雑誌を見て、ショックのあまりに咄嗟に起こしてしまった行動を思い起こす。あの時のことを思うと、まだ胸が痛む。

 秀一さんの表情も言葉も愛情に満ちている。大丈夫…大丈夫。

 美姫は呪文のように、繰り返し自分に言い聞かせ、不安を心の奥に押し込めた。だが、グロリエッテに着くまで、美姫と秀一の半歩の距離が縮まることはなかった。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

義妹のミルク

笹椰かな
恋愛
※男性向けの内容です。女性が読むと不快になる可能性がありますのでご注意ください。 母乳フェチの男が義妹のミルクを飲むだけの話。 普段から母乳が出て、さらには性的に興奮すると母乳を噴き出す女の子がヒロインです。 本番はありません。両片想い設定です。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...