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初めてを捧げた人 ー美姫過去編ー

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 そんなある日、自宅に私宛の一通の手紙が届いていた。

 なんだろう……

 封を開けると、そこにはコンサートのチケットが2枚入っているだけだった。

「こ、れ......!」

 そこには、『来栖 秀一 ピアノリサイタル』と書かれてある。

 秀一さん......帰ってきているの!?

 あれからもう1年近く、秀一さんに会っていない。

 時々手紙やメールが来るものの、それは安否を確認するだけの事務的な文章だけでしかなく......本当に私は、秀一さんにとってただの姪でしかないのだと強く思い知らされた。

 招待状は2枚あったけれど誰も誘う気にはなれず、一人で秀一さんのリサイタルに行くことにした。

 久しぶりに会えると思うと、緊張する......

 何を持って行くか悩んだ挙句、一時帰国なので花束はやめ、以前秀一さんも美味しいと言っていたショコラ専門店のショコラの詰め合わせを購入することにした。

 お店に入ってショーケースを見ていると、秀一さんが好きそうなのはどれだろう……と、またそこで思い悩んでしまい、選ぶのに相当時間がかかってしまった。

 ようやく購入した後、コンサートホールへタクシーで向かった。オーストラリアのオペラハウスのような外観の、銀色に輝くメモリアルホールへと足を運ぶ。ここは以前に秀一さんのリサイタルを聴くために何度も訪れたことがある場所で、警備員さんとも顔馴染みなのでいくらか緊張感は和らいだ。

 始まる前に、少しだけ挨拶してもいいかな?

 警備員さんに挨拶した後、秀一さんのいる楽屋へと向かう。

 秀一さん、忙しいかな……

 緊張しながら扉へと近付き、ノックしようとした拳が触れる前に、中からくぐもった声が聞こえてきた。

「ねぇ、いいじゃない……」

 甘ったるい女性の声に、手が止まる。

「今日この楽屋には来ないで頂きたい、とお伝えしたはずですが?」

 聞き知った秀一さんの懐かしい声。私に向けたことのない刺々しい声音に、緊張感が高まる。

 な、に......

「フフッ、分かったわ。でも終わったら、絶対に会ってよ……」

 チュッというリップ音の後で扉が開き、華やかな顔立ちの女の人が出てきた。

「あらっ、ファンの方?」

 きりりとした少し太めの眉が一層つり上がって訝しげに見つめられ、居心地悪く感じる。

 すると、扉の奥から秀一さんが出てきた。

「美姫、来てくれたのですね......こちらは、私の姪ですよ」

 秀一さんが、その女性に私を紹介する。

 私の、姪……

 事実を言われただけなのに、秀一さんに言われたことで心臓に針が突き刺さったような痛みを覚える。

「あ、あらっ、姪子さんだったのね。じゃ、私失礼するわ。秀一、また後でね......」

 呼び捨て、なんだ……

「えぇ、では......」

 女の人は私に向かってフッと笑みを浮かべ、高いヒールの音を鳴らしながら立ち去った。躰に纏わりつくような甘ったるい匂いが、この空間に余韻を残していた。

ーーどんな関係、なの?

 聞きたいのに、喉に何か詰まったように声が出せない。

 秀一さんは何事もなかったかのように、私に笑みを浮かべた。

「プレゼントまで買ってくれたのですね、ありがとうございます。今日は、楽しんで行って下さいね……お友達は、誘わなかったのですか?」

 その一言を聞き、秀一さんへの対抗心なのか、それとも嫉妬して欲しいのか自分でも分からない、イライラしたような気持ちが込み上げてきた。

「えぇ......彼と一緒に来ようと思っていたのですけど、都合が悪かったみたいで......」

 つい、口からでまかせを言ってしまった。

 大和には、今日のことなんて一言も話してないのに……

 それどころか秀一さんには彼氏が出来たことなんて、一言も話していなかった。秀一さんのことを諦めたい、諦めようと思っているはずなのに、彼氏がいることを知られたくない自分がいたのだ。

 突然、秀一さんの顔つきが一変する。

「彼、ですか?」

 声がいつもよりも低く、それでいて冷静だった。

 な、なんか......こわい。でも、ここまで来たら引き返せない。

「え、えぇ。私だってもう高校生ですよ。彼氏ぐらい、いま......」
「どんな方なのですか? 名前は?」

 言葉の最後を待たずに私に詰め寄り、手首を強く掴み、顔を近付ける秀一さんに激しく動揺する。

「い、痛い……」

 手首が鬱血しそうなほど、強く掴まれてる......

 なんで? なんでそんなに怒ってるの? 先程まであの綺麗な女の人と口づけを交わしてた癖に......それなのに、私のことは叔父として咎めるの?

 怒りが、苛立ちが、嵐のように私の心の中に吹き荒び、気づけば感情のままに口走っていた。

「秀一さん、なんてっ! 私のこと、ただの姪としか思ってないくせに! 干渉しないで下さい!!!」

 涙が零れ落ちる前に、秀一さんの前から走って逃げ出した。

 その後......迷ったものの、やっぱり秀一さんのピアノを弾く姿が見たくて座席へと向かった。

 送られたチケットはVIP席で、あの席に座っていたら秀一さんから私が見えてしまう為、座席には座らず、一番後ろに立って秀一さんの演奏を聴いた。

 スポットライトを浴びてピアノを弾く秀一さんは、憂いを帯びた影のある表情が妖艶にも見えて……美しく、素敵、だった。遠くから見ていても、その表情に、雰囲気に呑み込まれ、引き込まれていく。

 どうしよう。私、やっぱり……秀一さんのことが、好き……

 いつもなら耳に心地よく入ってくる旋律は、美しく、悲しく心を揺さぶり続けた。

 秀一さんの姿が次第にぼやけて霞んでいく。私の視界から、消えていく……

 好き......だけど、この気持ちはどんなに想ったって届かない。
 秀一さんにとって、私はただの姪。もう、諦めるしかない。

 諦めなきゃ、いけないんだ……

 溢れ出る涙を拭うこともせず、ただ滲んでしまった景色の中に立ち尽くしていた。
 

 それから三日間、誰とも話す気力もなく、スマホの電源も消して家に閉じこもった。
 
 諦めるって決めたのに、どうしていいのか分からない。

ーーどうしたら、この想いは消えてくれるんだろう......
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