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15.ステファンの過去
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サラが生まれる前に祖父は他界した為、彼のことはよく知らない。ステファンが祖父の愛妾の子供であり、彼女が亡くなったのを機に幼かったステファンがクリステンセン家に引き取られたということは父から聞いていたが、ステファンは今までサラに過去の話をしたことはなかった。
「まぁ、それも……あの人が亡くなってから知ったことですけどね。あの人は……少なくとも母には、何らかの愛情を持っていたようです……」
ステファンの背中に哀愁を感じてサラがそっと手を触れると、彼の躰が僅かに震えた。
サラは躊躇しつつもおずおずと手を伸ばし、その背中をそっと抱き締めた。ステファンが、前に回ったサラの手を握る。優しく握られているはずなのに、強く求められている気がして、サラは安心させるように握り返した。
ステファンが、ポツリと呟く。
「あの人と私を繋いでいたものは、血でも、ましてや情でもなく……ピアノ、だけでした……」
ステファンは、自身の父親であり、サラの祖父との思い出を語り始めた。
「幼い頃に母が亡くなりクリステンセン家へと引き取られたものの、あの人と顔を合わすことなど滅多になく、私の言動、成績、生活態度、何も興味を示すことはありませんでした。本妻であった兄様の母から愛妾の子供である私に対して執拗な罵倒や虐待が繰り返されようと、見知らぬふりをするだけでした。
唯一、あの人が関心を示したこと……それは、私のピアノの才能だけでした。後から思えば、あの人は私に母の面影を重ねていたのかもしれませんね。
世界的に有名なピアノ講師をつけられ、毎日ピアノに向かって何時間も練習させられました。でもそれは、苦痛ではありませんでした。ピアノと向き合う時間が、私にとって一番の至福の時間だったのです。旋律を奏でている間、私は現実を忘れられることができましたから……全ての悲しみ、苦しみから解放される為、私はただひたすらピアノに打ち込みました。
あの人は練習に付き合うことはありませんでしたが、ピアノの発表会には必ず出席していました。それが私が唯一、親子のような絆を僅かでも感じられる瞬間だったのです」
しんみりとした後、ステファンは自嘲気味に笑った。
「余計な話をしてしまいましたね……」
衝撃的なステファンの過去を聞いてショックを受けつつも、サラは小さく首を振った。
この方は、どれだけの深い苦しみや悲しみを背負ってきたのでしょう……私はステファンに、何が出来るのでしょう……
ステファンの背中に頬を押し付け、抱き締めた腕に力を込めた。表情を窺うことは出来ないが、いつもサラを優しく包み込み、温かく導いてくれるステファンが、今はどこか脆い存在に思えた。
「そんなこと、言わないで下さいませ。私、嬉しいのです。ステファンがこんな風に過去の話をしてくださるなんて、初めてだから。
ステファンの話、もっと聞かせて下さい。どんなことでもいい。もっと……ステファンのことが、知りたいんです」
私が知っているステファンだけでなく、私が知らなかったステファンも含めて、全て愛したい。
どんな彼だって、受け入れたい。
ステファンはサラの手を取ると、くるりと躰を反転させ、今度は逆にサラを抱き締めた。
「ピアノを演奏することは、私から苦しみや悲しみを忘れさせてくれましたが……本当に私を救ってくれたのはサラ、貴女なのですよ」
「えっ、私、ですか……?」
突然出てきた自分の名前にビックリして目を瞠るサラに、ステファンが彼女の両頬を優しく包んだ。
「えぇ。貴女を初めて見た瞬間のあの気持ちは、一生忘れることはないでしょう……まるで、私の人生に一筋の光が射し込んだようでした。貴女は、私に光を、笑顔を、そして……人を愛するという気持ちを与えてくれました」
生まれた時の話をされて、自分達の年齢差、そして叔父と姪である関係を思い知らされつつも……自分の存在がステファンの救いになっていたという事実に、言い尽くせないほどの幸せがサラの胸の奥から溢れてきた。
「だから……私は貴女という『光』を失うわけにはいかないのですよ、サラ……」
ステファンの瞳の熱情に焦がされ、サラの躰は狂おしい程の疼きを感じた。
「さぁ、あともう少しで出られますよ。早く帰って、貴女の温もりを堪能させてください」
ステファンにそっと手を取られ、サラは恥ずかしく思いながらもコクリと頷いた。
「はい……」
「まぁ、それも……あの人が亡くなってから知ったことですけどね。あの人は……少なくとも母には、何らかの愛情を持っていたようです……」
ステファンの背中に哀愁を感じてサラがそっと手を触れると、彼の躰が僅かに震えた。
サラは躊躇しつつもおずおずと手を伸ばし、その背中をそっと抱き締めた。ステファンが、前に回ったサラの手を握る。優しく握られているはずなのに、強く求められている気がして、サラは安心させるように握り返した。
ステファンが、ポツリと呟く。
「あの人と私を繋いでいたものは、血でも、ましてや情でもなく……ピアノ、だけでした……」
ステファンは、自身の父親であり、サラの祖父との思い出を語り始めた。
「幼い頃に母が亡くなりクリステンセン家へと引き取られたものの、あの人と顔を合わすことなど滅多になく、私の言動、成績、生活態度、何も興味を示すことはありませんでした。本妻であった兄様の母から愛妾の子供である私に対して執拗な罵倒や虐待が繰り返されようと、見知らぬふりをするだけでした。
唯一、あの人が関心を示したこと……それは、私のピアノの才能だけでした。後から思えば、あの人は私に母の面影を重ねていたのかもしれませんね。
世界的に有名なピアノ講師をつけられ、毎日ピアノに向かって何時間も練習させられました。でもそれは、苦痛ではありませんでした。ピアノと向き合う時間が、私にとって一番の至福の時間だったのです。旋律を奏でている間、私は現実を忘れられることができましたから……全ての悲しみ、苦しみから解放される為、私はただひたすらピアノに打ち込みました。
あの人は練習に付き合うことはありませんでしたが、ピアノの発表会には必ず出席していました。それが私が唯一、親子のような絆を僅かでも感じられる瞬間だったのです」
しんみりとした後、ステファンは自嘲気味に笑った。
「余計な話をしてしまいましたね……」
衝撃的なステファンの過去を聞いてショックを受けつつも、サラは小さく首を振った。
この方は、どれだけの深い苦しみや悲しみを背負ってきたのでしょう……私はステファンに、何が出来るのでしょう……
ステファンの背中に頬を押し付け、抱き締めた腕に力を込めた。表情を窺うことは出来ないが、いつもサラを優しく包み込み、温かく導いてくれるステファンが、今はどこか脆い存在に思えた。
「そんなこと、言わないで下さいませ。私、嬉しいのです。ステファンがこんな風に過去の話をしてくださるなんて、初めてだから。
ステファンの話、もっと聞かせて下さい。どんなことでもいい。もっと……ステファンのことが、知りたいんです」
私が知っているステファンだけでなく、私が知らなかったステファンも含めて、全て愛したい。
どんな彼だって、受け入れたい。
ステファンはサラの手を取ると、くるりと躰を反転させ、今度は逆にサラを抱き締めた。
「ピアノを演奏することは、私から苦しみや悲しみを忘れさせてくれましたが……本当に私を救ってくれたのはサラ、貴女なのですよ」
「えっ、私、ですか……?」
突然出てきた自分の名前にビックリして目を瞠るサラに、ステファンが彼女の両頬を優しく包んだ。
「えぇ。貴女を初めて見た瞬間のあの気持ちは、一生忘れることはないでしょう……まるで、私の人生に一筋の光が射し込んだようでした。貴女は、私に光を、笑顔を、そして……人を愛するという気持ちを与えてくれました」
生まれた時の話をされて、自分達の年齢差、そして叔父と姪である関係を思い知らされつつも……自分の存在がステファンの救いになっていたという事実に、言い尽くせないほどの幸せがサラの胸の奥から溢れてきた。
「だから……私は貴女という『光』を失うわけにはいかないのですよ、サラ……」
ステファンの瞳の熱情に焦がされ、サラの躰は狂おしい程の疼きを感じた。
「さぁ、あともう少しで出られますよ。早く帰って、貴女の温もりを堪能させてください」
ステファンにそっと手を取られ、サラは恥ずかしく思いながらもコクリと頷いた。
「はい……」
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