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100.サラの提案

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 リビングのソファにナタリーを案内し、ふたりでベッドルームへと向かう。

 ベッドルームの扉を閉めた途端、ステファンがサラを抱き寄せた。

「サラ。兄様の元へ行くなどと言うのではないでしょうね。
 絶対に行かせませんよ。貴女は、ずっと私とここにいるのです」

 サラは、ステファンを両手でそっと押し返した。

「ステファン……私たちはもう、ここにはいられません」

 押し返されたステファンは、サラの言葉にショックを受けたように見つめた。長い睫毛を伏せたサラの陶器のような肌に、影が落ちる。

「お母様に、私たちの居場所を知られてしまいました。マスコミにここを突き止められのも、時間の問題でしょう……」

 そうなれば、ここも安全とは言えません。このログハウスにマスコミが大挙して押し寄せれば、私たちに逃げ場などありません。もうここは、私たちにとって桃源郷ではなくなったのです。

 いいえ。桃源郷など、本当は最初から存在していなかったのです。
 あれは……現実逃避した私達が見た、束の間の白昼夢。

「サラ……」

 話し出そうとするステファンの唇に、サラが人差し指を当てた。ダークブラウンの瞳が揺らめく。

「ステファン……ウィーンに逃げましょう。ピアニストに戻ることは出来ないかもしれませんが……ステファンなら、きっと別の道を見つけられるはずです。
 知らない土地で暮らすのは正直言うと怖いですが、貴方と一緒なら私はどこでだって生きていけます。いいえ、生きていかなければならないのです。
 ここにいたら、私たちは二人とも駄目になってしまいます……

 その、代わり……ウィーンに旅立つ前に3日、いえ、2日間だけでもいいですから、お父様に会わせて下さい。会って……さよならを言わせて下さい。
 お願い、します……」

  ステファンのライトグレーの瞳が、瞬きもせずにじっとサラを見つめる。サラもまた、ステファンをまじろぎもせずに見つめ返した。

 ふたりの間に、重い沈黙が流れる。

 ステファンは睫毛を落とし、フッと息を吐いた。

「……いいでしょう。サラがそれ程の覚悟があるのなら、貴女の提案を受け入れます。
 2日後の朝10時、ブリストル空港のビジネスアビエーションターミナル プレミアゲートに来てください。そこから、プライベートジェットでウィーンへ発ちます」
「分かり、ました……」

 サラは息を詰めていた表情を、ようやく和らげた。

 サラはリビングへと戻ると、ソファに落ち着きなく腰掛けているナタリーの背中に声をかけた。

「お父様のいる病院へ、連れて行って下さい」

 ナタリーは安堵の息を吐くと立ち上がり、車のキーを手にした。

「今すぐ、行きましょう」

 ステファンはナタリーに挑むように視線を投げるとサラを抱き寄せ、眼前で口づけてみせた。

「では2日後に会いましょう。サラ、待っていますよ」
「は、い……」
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