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36.ピアノ界の巨匠
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玄関から廊下を進むと、そこは広大なリビングルームとなっていた。
天井からは豪華なシャンデリアが吊り下げられており、暖かみのある薄いオレンジ色の壁。床には複雑な模様の真紅を基調にしたペルシャ絨毯が敷き詰められ、家具はマホガニーで統一されており、荘厳で落ち着いた印象を受けた。
100インチはあるかと思われる壁付け薄型テレビの真正面には、大の大人が5人は余裕で座れる程の革張りのソファが3つ、コノ字型に置かれていた。ソファの奥には天井まで届きそうな天然木のクリスマスツリーが置かれている。ツリーに飾りつけられたりんご、ボール、星、天使やベルの繊細なガラス細工は全てスワロフスキーのオーナメントだった。
通常であればクリスマスツリーの下に山のようにプレゼントが置かれているのだが、ステファンの話ではラインハルトはプレゼントの交換はせず、クリスマスパーティーではお互い演奏を贈り合うのが毎年の習慣なのだそうだ。
サラはピアノとヴァイオリンは淑女の嗜みとして習ってはいたが、とてもプロの前で演奏出来るような腕前ではない。クリスマスパーティーに招待されていることを知らなかったとはいえ、ラインハルトと弟子達に会うことは分かっていたのでプレゼントを持ってきており、それを渡すことで演奏の代わりとすることにした。
クリスマスツリーの横にはグランドピアノが2台並んでいて、その奥の壁側のマホガニーの飾り棚には輝かしい実績を示す夥しいトロフィーや盾や写真が並べられていた。
そして、テレビの真向かいのソファには本物のラインハルトが座っていた。サラは以前一度だけ、彼が来日公演した際にステファンと一緒にコンサートを聴きに行ったことがあったが、あれからもう何年も経ったと思えない程若々しい姿だ。
シングルブレストの2つボタンの黒スーツに上から2つボタンを外して少し胸元を見せた白地に青のピンストライプシャツを着た彼は緩慢な動きで立ち上がると、ゆっくりとこちらへと歩いてきた。急に緊張感に包まれる。やはり『ピアノ界の巨匠』と言われるだけあって、ラインハルトからは重厚なオーラを感じた。
『ステファン!』
ラインハルトが立ち上がり、ステファンと固い握手を交わした。一通りドイツ語でステファンに話しかけた後、サラの方へと顔を向ける。
「Guess gott」
サラはオーストリアで『こんにちは』という、以前ステファンに習った挨拶をした。
「……!! ◎▲□×……」
ラインハルトがそれを聞き、興奮したようにドイツ語でサラに何か捲し立てている。
え……私のこと、ドイツ語を話せると思っていらっしゃるみたい……どう、しましょう……
すると、ステファンがラインハルトに、サラはドイツ語が話せないのだという類のことを話してくれたらしく、ラインハルトは大きく頷いた。
「ラインハルトはドイツ語しか話せませんので、私が通訳に入りますね」
ラインハルトはドイツ語で捲し立てたことを謝り、ステファンの姪であるサラに会うことを楽しみにしていたと伝えてくれた。サラも、『ピアノ界の巨匠』であり、ステファンの師匠であるラインハルトに会えたことがとても嬉しいです、と伝えてもらうことは出来たが、直接彼に感謝の気持ちを言えないのが歯痒い。
ほんとは、もっと伝えたいことも聞いてみたいこともありますのに……けれど、通訳をしてくださっているステファンの負担になるのが申し訳なくて、聞けません。
ドイツ語を、勉強するべきかしら……
サラが真剣にドイツ語取得について考えていると、階上からドタドタと誰かが下りてくる音がけたたましく響いてきた。
『ステファン!』
かなり体格のいい丸眼鏡をかけた白髪の老婆が腰を左右にユラユラさせながら、興奮したようにドイツ語で何か叫んでいる。大きく腕を左右に伸ばし、ステファンを力強く抱き締め、チュッ、チュッと両頬を合わせた。
続いてサラを認めると、同じように何か叫びながら力強く抱き締められる。サラの細い躰は老婆の腕の中にすっぽりと収められ、されるがままに両頬を合わせられた。
「サラ、彼女はここでずっと家政婦として働いて下さっているアンナですよ。アンナはみんなの母親代わりみたいなものです。彼女もドイツ語しか話せないので、私が通訳をしますね」
「はい、申し訳ございません」
アンナは言語が通じないことなど、まるで気にしていないかのように、ステファンにではなく、サラに向かってどんどんドイツ語で話しかけ、年季の入った皺だらけの手でサラの頬を撫でたり、真っ赤に塗られた唇を豪快に開けて笑っていた。
なんて、温かみのある人なのでしょう……
底抜けに明るく、何もかも受け入れてくれそうなアンナの存在は、個性的な人達に立て続けに会って緊張で尖っていたサラの心を丸くし、安らがせてくれた。
天井からは豪華なシャンデリアが吊り下げられており、暖かみのある薄いオレンジ色の壁。床には複雑な模様の真紅を基調にしたペルシャ絨毯が敷き詰められ、家具はマホガニーで統一されており、荘厳で落ち着いた印象を受けた。
100インチはあるかと思われる壁付け薄型テレビの真正面には、大の大人が5人は余裕で座れる程の革張りのソファが3つ、コノ字型に置かれていた。ソファの奥には天井まで届きそうな天然木のクリスマスツリーが置かれている。ツリーに飾りつけられたりんご、ボール、星、天使やベルの繊細なガラス細工は全てスワロフスキーのオーナメントだった。
通常であればクリスマスツリーの下に山のようにプレゼントが置かれているのだが、ステファンの話ではラインハルトはプレゼントの交換はせず、クリスマスパーティーではお互い演奏を贈り合うのが毎年の習慣なのだそうだ。
サラはピアノとヴァイオリンは淑女の嗜みとして習ってはいたが、とてもプロの前で演奏出来るような腕前ではない。クリスマスパーティーに招待されていることを知らなかったとはいえ、ラインハルトと弟子達に会うことは分かっていたのでプレゼントを持ってきており、それを渡すことで演奏の代わりとすることにした。
クリスマスツリーの横にはグランドピアノが2台並んでいて、その奥の壁側のマホガニーの飾り棚には輝かしい実績を示す夥しいトロフィーや盾や写真が並べられていた。
そして、テレビの真向かいのソファには本物のラインハルトが座っていた。サラは以前一度だけ、彼が来日公演した際にステファンと一緒にコンサートを聴きに行ったことがあったが、あれからもう何年も経ったと思えない程若々しい姿だ。
シングルブレストの2つボタンの黒スーツに上から2つボタンを外して少し胸元を見せた白地に青のピンストライプシャツを着た彼は緩慢な動きで立ち上がると、ゆっくりとこちらへと歩いてきた。急に緊張感に包まれる。やはり『ピアノ界の巨匠』と言われるだけあって、ラインハルトからは重厚なオーラを感じた。
『ステファン!』
ラインハルトが立ち上がり、ステファンと固い握手を交わした。一通りドイツ語でステファンに話しかけた後、サラの方へと顔を向ける。
「Guess gott」
サラはオーストリアで『こんにちは』という、以前ステファンに習った挨拶をした。
「……!! ◎▲□×……」
ラインハルトがそれを聞き、興奮したようにドイツ語でサラに何か捲し立てている。
え……私のこと、ドイツ語を話せると思っていらっしゃるみたい……どう、しましょう……
すると、ステファンがラインハルトに、サラはドイツ語が話せないのだという類のことを話してくれたらしく、ラインハルトは大きく頷いた。
「ラインハルトはドイツ語しか話せませんので、私が通訳に入りますね」
ラインハルトはドイツ語で捲し立てたことを謝り、ステファンの姪であるサラに会うことを楽しみにしていたと伝えてくれた。サラも、『ピアノ界の巨匠』であり、ステファンの師匠であるラインハルトに会えたことがとても嬉しいです、と伝えてもらうことは出来たが、直接彼に感謝の気持ちを言えないのが歯痒い。
ほんとは、もっと伝えたいことも聞いてみたいこともありますのに……けれど、通訳をしてくださっているステファンの負担になるのが申し訳なくて、聞けません。
ドイツ語を、勉強するべきかしら……
サラが真剣にドイツ語取得について考えていると、階上からドタドタと誰かが下りてくる音がけたたましく響いてきた。
『ステファン!』
かなり体格のいい丸眼鏡をかけた白髪の老婆が腰を左右にユラユラさせながら、興奮したようにドイツ語で何か叫んでいる。大きく腕を左右に伸ばし、ステファンを力強く抱き締め、チュッ、チュッと両頬を合わせた。
続いてサラを認めると、同じように何か叫びながら力強く抱き締められる。サラの細い躰は老婆の腕の中にすっぽりと収められ、されるがままに両頬を合わせられた。
「サラ、彼女はここでずっと家政婦として働いて下さっているアンナですよ。アンナはみんなの母親代わりみたいなものです。彼女もドイツ語しか話せないので、私が通訳をしますね」
「はい、申し訳ございません」
アンナは言語が通じないことなど、まるで気にしていないかのように、ステファンにではなく、サラに向かってどんどんドイツ語で話しかけ、年季の入った皺だらけの手でサラの頬を撫でたり、真っ赤に塗られた唇を豪快に開けて笑っていた。
なんて、温かみのある人なのでしょう……
底抜けに明るく、何もかも受け入れてくれそうなアンナの存在は、個性的な人達に立て続けに会って緊張で尖っていたサラの心を丸くし、安らがせてくれた。
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