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2.18歳の誕生日

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 今夜、ステファンが予約したのは、パリの五つ星レストランで働いていたシェフが独立して始めたことで有名なレストランだった。白亜の瀟洒しょうしゃな建物で、都会の一等地にありながらも表通りから外れ、閑静な雰囲気に包まれていることからセレブが訪れる人気店で、予約は1年先まで埋まっている。

「ステファン叔父様、このお店の予約をとられるの、大変だったんじゃありませんの?」
「ふふっ、サラのためならどんな手段を使うことも厭いませんよ」

 ステファンはサラから優美な仕草でコートを脱がせて案内のウェイターに預けると、含みのある言い方をして艶やかに微笑んだ。

『特別な存在』であることを感じさせるようなステファンの言動に心の中で動揺しながらも、サラはなんとかそれを隠そうと口角を上げて微笑み返した。

 ウェイターに案内されて席につく。

 壁は外観と同じく目に眩しいほどの純白だが、それを柔らかみのある間接照明が照らし出すことで温かみのある空間となっていた。テーブルクロスとナプキンと皿の白にシルバー類と皿の縁の金色が対比となり、華やかさを醸し出していた。

「今日はサラの18歳の誕生日ですので、最初にシャンパンでお祝いしましょうか」
「はい」

 英国ではお酒は18歳から飲むことができ、選挙権も認められるため、成人として認められることになる。

 こうして素敵なレストランでステファン叔父様とふたりでお酒を飲みながら、18歳の誕生日のお祝いをしていただけるなんて……夢みたい。

 サラは幸せな心地に浸りながら、一点の曇りなく磨かれたシャンパングラスを、目の前に差し出された愛しい人の指先に絡みついたそれと重ねる。

 甲高い硝子音は、静かなプライベートルームの天井まで響き渡った。

「サラ、お誕生日おめでとうございます」
「ステファン叔父様……ありがとうございます」

 テーブルには前菜アンティパストの「魚介とトマトのレモンマリネ」がサーブされ、純白のテーブルに新たな彩りを添えていた。

 人差し指と親指で貝を摘み、フォークで貝の身をくるりと巻きつけて取っていると、ステファンがサラにさりげなく話題を向けてきた。

「サラ、大学での生活はどうですか」

 サラは統一試験で優秀な成績を収めたため、飛び級して他の者より一年早く大学に入学していた。9月に入学してから、二ヶ月ほどが経つ。

「はい、最初は戸惑うこともありましたが、親しい友人もできて、毎日楽しく過ごしています」

 嬉しそうに答えるサラに、ステファンが僅かに眉を顰めて尋ねる。

「ご学友というのは、殿方も含むのですか」
「えぇ……寮は男女混合ですから、中には男性もおりますが」

 すると、急にステファンの纏う空気が変わった。長い睫毛を揺らし、サラをじっとりと見つめる。

「そう、ですか。この年頃の男というものは、獰猛な欲を抱えているものです。十分気をつけてくださいね」

 そんなステファンの言葉を、まるで年頃の娘を心配するようだと感じたサラは、可笑しくなって口元を緩めた。

「ふふっ、ステファン叔父様は心配しすぎですわ」

 少しの間があいた後、フーッとステファンが大きく溜息をつく。その仕草は艶めかしく、サラの心臓を鷲掴みにして離さない。

「貴女が気付いていないだけですよ。
 サラ……貴女は、もっと自分の魅力を自覚するべきかもしれませんね」

 トクンッとサラの鼓動が大きく跳ねた後、トクトクトク……と小刻みに跳ね続ける。

「そ、そんな……ステファン叔父様は、私が身内だからって買い被り過ぎですっ」

 サラは赤くなった頬を誤魔化すように、残ったグラスのシャンパンを一気に飲み干した。シャンパンが通り抜ける先から喉が、躰が、焼け付くように熱くなる。

 動揺してることを悟られたくなくて、慌てて話題を変えることにした。

「それよりステファン叔父様、最近は演奏会などでお忙しいのではありませんの?」

 ステファンの美しい指先から弾かれる、優美で華麗なピアノの奏でる音に惹かれるファンは多い。それに加えて整った美しい顔立ちに妖艶とも呼べる色香を纏った彼は、年齢問わず多くの女性ファンを虜にしている。

 つい先日は若い女性をターゲットにしたファッション雑誌でも特集が組まれ、それまでクラシックに興味がなかった層までも巻き込んでファンを拡大し、その人気はますます白熱していた。

「えぇ、最近は色々なところに呼ばれることも多いですが……今日は、特別ですから」

 ステファンが海老を口に含んでからフォークとナイフを置き、サラを熱っぽく見つめて意味深に口角を上げた。

 その言葉の意味を、期待しそうになってしまいます……
 ステファン叔父様は、幼い頃から可愛がっている姪として、私のことを『特別』だと仰っているだけ。期待など、してはいけませんわ……

 サラは手元に視線を落とし、落ち着きなくフォークを口元へと運んだ。
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