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446.絵麻

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 不安しか感じない朝のミーティングをようやく終え、仕事を始める。

 外掃除を終えて店内に戻ると、香織はテーブルクロスを広げるところだった。

「美羽、手伝ってくれる?」
「うん」

 2人でテーブルクロスを広げて皺を伸ばしながら、香織がこっそりと美羽に尋ねてきた。

「私は美羽がアメリカに行ってる間しか一緒に働いてなかったけど、美羽は高校生の時から河中さんのこと知ってるんだよね? どんな人なの?」

 香織に聞かれ、美羽は当時を思い出しながら答えた。

「厨房では隼斗兄さんといいコンビで……すごく息が合ってたよ。絵麻さんとも連携してフロアの動きもよく見て、完璧なタイミングで料理を出してくれてたし、お客様からの注文にも柔軟に対応してくれて、頼もしかった。

 プライベートでは……よく隼斗兄さんに冗談言ったり、絵麻さんのことからかったりして、怒られてたかな」

 デタントは、オープン当初は別の名前の高級フレンチレストランで、元オーナーが有名3つ星店から引き抜いたという新井をシェフ・ド・キュイジーヌ(総料理長)とし、隼斗は中学卒業後、調理師学校に通いながら彼の元で厨房助手として料理人となるべく修行をしていた。

 隼斗が働き始めてから5年後、新井が引退することになり、オーナーは別のシェフを連れてくることも考えていたが、フランス料理店ではなくカフェにし、その頃には調理師学校を卒業して腕を磨き、スー・シェフ(総料理長補佐)になっていた若い隼斗を店長として、新装開店することにした。それは、隼斗と一緒にレストランで働いていた、オーナーの娘である絵麻の希望からでもあった。

 その際に、現在の『Lieuリュウ  deドゥ  detenteデタント 』という名前に変更された。

 デタントのオープニングスタッフとして入ってきたのが、当時大学1年だった龍也だった。5年のキャリアを積んだ店長とアルバイトの経験が一度もない従業員という立場ではあったが、年齢としては隼斗が21歳、一浪で大学入学した龍也が20歳と、1つしか違わなかった。

 その後、龍也は大学院卒業までの6年間、デタントで働いた。そんな中で、隼斗、そして絵麻との仲を深めていったのだった。

 美羽がデタントでアルバイトとして入ったときには、雇われ店長で料理長でもある隼斗、厨房担当は龍也の他に2人いた。ホール側は、大学卒業後、正社員となった絵麻がフロア・マネージャーを務めており、美羽ともう2人アルバイトが入っていた。

 寡黙でコミュニケーションが苦手な隼斗は、なかなか従業員達と馴染めずにいたが、絵麻と龍也だけは違った。

 隼斗、龍也、絵麻は、それぞれ性格や考え方に違いはあったが、言いたい事を言い合い、ふざけたり、からかったりして、まるで幼馴染のような空気感があった。

 隼斗と絵麻は既に恋人同士だったが、龍也はそんな二人に変な気遣いをすることなく、自然に輪の中にいた。

 当時高校生だった美羽には彼らがとても大人に、眩しく感じ、また同時に彼らに対して距離も感じていた。

 龍也の第一印象は、物腰が柔らかく、ゆったりとした口調で、優しくおっとりとした男性だった。だが、美羽が隼斗の義妹であることが分かり、慣れてくるにつれて、美羽に笑顔で辛口な発言をしたり、しょっちゅう冗談を言ったりして、からかってくるようになった。

 今まで、誰にもそんな態度をされたことがなかった美羽は、毎回対応に困らされていた。顔はにこやかにしていても腹の中では何を考えているか分からない龍也に対し、なんとなく苦手意識を抱くようになっていた。

 隼斗や絵麻、他の従業員に対してもそうなので、特に美羽に対して意地悪をしているわけではないし、悪意はなく、彼の性格なのだと理解してはいた。

 だが、美羽が人一倍、他人からの視線や評価を気にする性格だということと、類と離れ離れになって精神的に不安定な状態でもあったので、余計に龍也の言動はこたえたのだった。

 そんな龍也を注意し、美羽を庇って慰めてくれていたのが絵麻だった。絵麻が美羽を妹のように接してくれていたように、美羽も絵麻のことを姉のように慕っていた。

 絵麻のことを思い出すと、美羽の胸が痛む。

 絵麻さん、今頃どうしてるんだろう。元気にしてるのかな……
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