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440.類の悪戯

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 もう今更、項のキスマークを隠すことはできない。

 美羽は義昭の視線を避けるように、グラスを何度も口に運んだ。

 しばらくすると、食事と共に追加のドリンクも運ばれてきた。

「はい、ヨシのスクリュードライバー」

 類が義昭にグラスを渡すと、義昭は意外そうな表情をした。また、ワインでも飲まされるかと思ったら、女性が好みそうなカクテルだった。

「スクリュードライバー……ハッ、そうか。可愛い飲み物、だな」
「ミューのはストロベリーミルクね。お酒入ってるよ」
「ありがとう」

 類自身は、ウォッカトニックを頼んでいた。

「はーい、飲も飲も」

 義昭がスクリュードライバーを口にしたが、途端に咳き込んだ。

「ウグォッ!! グッホッ、ゲホッゲホッ……こ、このウォッカ……きついな」
「そぉ?」
「あ。あぁ……喉が、ック焼けつくようだ」

 類は心の中でほくそ笑んだ。



 そりゃ、スピリタスと割ってるからね。



 スピリタスとはポーランドを原産地とするウォッカで、アルコール度数が96度と非常に高く、世界で一番強いお酒と言われている。

 類は可愛らしく口を曲げた。

「えぇーっ、せっかく頼んだのに嫌いだった? 嫌なら飲まなくてもいいけど……」
「い、いや! ルイがせっかく頼んでくれたんだから、飲むよっ!!」

 義昭がグラスを手にし、覚悟を決めたように勢いよく傾けるとゴクゴク飲み、再び咳き込んだ。

「ゲェホッ、ゲホッゲェェホッッ……」
「よ、義昭さんっっ、無理しないで!!」

 まさか類、お酒に何か変なもの入れたの!? でも、そんな様子全然なかったのに……

 美羽がバッグからハンカチを取り出し、義昭に差し出そうとすると、類の手に掴まれた。

「やめて。ミューのハンカチが汚れちゃう」

 それから、義昭に声をかけた。

「ヨシにはおしぼりがあるから、大丈夫だよね?」

 義昭は肩を小さく震わせておしぼりを手にし、口元を拭くと、ずれた眼鏡の向こうからニヘラと笑いを浮かべた。

「ぁ。あぁ……」

 その不気味な笑い方に、美羽の背筋がゾクリと震える。

 な、んで……そんな風に、笑うの?
 嫌だ……気持ち、悪い。

 ハンカチを握り締めたままでいると、類にそれを奪われた。

「ごめん。使ってもいい?」

 美羽の返事を聞くことなく、口元を拭き取り、返す。

「ありがと」

 類ににこりと可愛い笑みを見せられても、笑みを返すことができない。



 怖い。なに、この状況……
 類は、私と類が特別な関係にあるのだと、義昭さんに知らしめたいの?



 それから義昭は30分も経たないうちに、すっかり泥酔状態になっていた。ネクタイを頭に巻き、ジャケットを脱ぎ捨て、いつも上まできっちり締めているカッターシャツのボタンを2つ外し、中のUネックの下着が見えていた。

「ハワワァ~、るぃぃとみぅとぉおしゃけのんれる~。ハァ、しゃ~わせぇ」
「よ、義昭さん、お水飲んで」

 グラスを渡そうと手を伸ばすと、義昭の手が美羽の手ごとグラスに触れた。ビクッとして、思わず美羽はグラスを引っ込めた。

 義昭が、ずれた眼鏡の奥から目を細めた。

「あぁ、ハァ~。ゾクゾクしゅるぅぅ~。しょのかおぉ、たまぁんにゃ~いぃぃ」
「い、嫌……」
 
 グラスを持つ手が、震える。ここまで義昭がお酒に酔っている姿を見るのは、初めてだった。

 お酒を飲むと、その人の本性が出るって聞くけど……これが、抑圧された義昭さんの本性、なの?
 
「ミュー、貸して」

 類が美羽からグラスを取り上げ、義昭に渡すかと思いきや、グラスを掲げて頭の上に水を零した。

「あ、アヒャァ……アヒャ、ヒャヒャッ……酷ぉっ、あハァ、るいにぃひろいことされてる~、ウフフフフゥゥゥ」

 義昭は悦びの表情を浮かべ、顎を上げると類に与えられた水を飲んだ。ほとんどの水が彼の口には入らず、顔はもちろん、シャツまで水浸しになっている。

 その光景に驚愕していると、類がボソッと呟いた。



「ねぇ。それでもミューは、こいつと一緒にいたいわけ?」


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