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437.狂った関係

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「では、靴を脱いでからお上がりください」

 美羽たちが立っているのは広い三和土たたきで、靴を脱いで下駄箱に預け、店員の後ろを歩いていく。

 店内には全体を照らす照明が一切なく、木枠を隙間を空けて組み込まれた引き出しのようなデザインの和風なスタンドライトから、橙色の淡く柔らかい光が漏れていた。室内は薄暗いものの、温かみを感じる。

 座卓の木材は厚みがあってどっしりとしており、座敷は掘りごたつで居心地が良さそうだった。まだ開店してからそれほど経っていないのか、畳も柱も真新しさを感じ、自然な匂いが漂ってきそうな雰囲気だった。

 ビルの様子からして、いったいどんな所に連れて行かれるのかと不安だった美羽だが、店内を歩いていくにつれ、緊張が解れていった。

「こちらへどうぞ」

 店員が引き戸を開けた。そこは4人掛けの座卓の掘りごたつの座敷で、完全個室となっていた。

 まだ、義昭は来ていなかった。類が、後ろに立つ店員に振り返る。

「ありがとう。連れが来てから、注文するから」
「注文は、そちらにあるタブレットからお願いします。もし何かご要望があれば、タブレットにある呼出ボタンを押してください」

 台詞のように言葉をするりと流し、店員が去っていく。 

 類が先に部屋へと入り、美羽が続いて向かい側に座ろうとすると、手を引かれた。

「ミューは隣」

 引き戸がピシッと閉められる。閉ざされた世界で、類の言葉になど逆らえない。

 家のダイニングテーブルでも私と類が隣に座って、義昭さんが向かいに座ってるから……おかしくは、ないよね?

 そう思いつつも、もし夫に類との関係を感づかれたらと思うと、不安が押し寄せてきた。

 美羽の不安を感じ取り、類はクスッと笑みを浮かべた。

「フフッ、緊張してるの?」
「そりゃっ……そう、だよ……」

 この部屋も薄暗く、席の奥にほんのりと橙色に光るスタンドランプが置かれているだけだった。木枠を通じて漏れる灯りが、類の顔に深く陰影をつけて映し出す。そうして見る彼は、いつもより更に妖艶に感じた。

 まだ噎せ返るような情事の名残香を感じ、美羽の胸が騒めく。

 そんな心の揺れに気づいたのか、類が美羽の首筋に美麗な顔を寄せる。

「る、ぃ……やめて」

 類が、スンと息を吸った。

「ミュー、薔薇の香りがしてる。シャワー浴びてきたこと、バレちゃったりしてね」
「ッッ!」
「僕も、同じ香りがしてるし?」
「ッッ!」

 類の言葉にいちいち反応し、心臓に針を刺されたような痛みが走る。

 世の中に不倫している人は意外に多いって聞くけど、みんなこんな風にビクビクして過ごしているのかな。

 そう考えて、心がスッと冷えていく。



 たとえ世間で不倫が多くても……実の弟と不倫した上で夫と夕食を共にするなんて、こんな狂った関係ありえない。


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