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415.重なる口づけ

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 だが、それは……美羽の頭の中での幻想だった。

 実際にそれが出来たら、どんなにいいか。

 現実の美羽は、あまりの衝撃に指先ひとつ動かせずにいた。胸に渦巻く怒りと悲しみと絶望に縛られ、囚われていた。



 その時、部屋の扉の鍵がガチャリと音を立てた。



 美羽はビクッと躰を震わせた。

 部屋は、鍵が閉めてあるはず……なのに。

 ノブが回され、扉が開く。目を剥き、恐る恐るそちらへ視線を向けた。

「ッッ!!」

 類が、入ってきた。

 薄手の白いシャツはボタンを2つ外し、素肌が覗いている。情事後の艶かしさがそこから漂ってきて、思わず顔を背けた。

 心の想いが、唇の端から零れる。

「どう、して……」

 どうして、部屋の鍵を開けられたの?
 どうして、部屋に入ってくるの?
 どうして、私に会いにくるの?

 様々な疑問が、ぐるぐると混沌の渦を巻いて押し寄せる。

 まだ動けずにいる美羽の上に、類がのし掛かってくる。マットレスが音を立てて沈み込み、彼の香りが……野生を感じさせる雄の性的な匂いが、美羽の躰を包み込む。

 類が首を伸ばして絶望に染まる美羽の瞳を覗き込み、アーモンド型の猫目の目尻を下げた。

「なんにも知らない、無垢なミュー。可愛い」
「っざけないで!!」

 瞬時に怒りが爆発し、躰を正面に向けて類の頬を叩こうとしたが、手首を強い力で掴まれた。もう一方の手首も拘束され、両方の手をマットレスに縫い止められる。

「ック! 離、してっっ!!」

 類の拘束から逃れようとしても、手首が釘を打ち付けられたように動かない。肩と背中が上下するだけ。

「嫌い! 類なんて、大っっ嫌い!!
 あ、なこと……する、なんて……最低っっ!!」

 熱い涙が込み上げてきて、喉が詰まる。類に言いたい言葉は無限にあるのに、怒りに支配されて単純な言葉しか出てこない。

 類が一瞬、傷ついた表情を浮かべた。それから瞳を潤ませ、慈しむような視線で美羽を撫でる。

「分かってるよ、ミューの気持ちは。僕が好きだから、愛してるから傷ついてるんだよね。他の女を媒介にしてミューを抱いたから、悲しくて、怒ってる。
 
 ごめん。ごめんね、ミュー。苦しいよね、辛いよね……」

 美羽は絶句し、魂が抜けていくように感じた。



 何を言ってるの!?
 誰のせいで、苦しめられていると思うの!?
 どうして、平然としているの?
 なぜ、私にこんな言葉をかけられるの?

 分からない……
 どうしたって、類のことが理解できない。



 美羽の心の声を聞き、類が眉間を寄せて表情を歪めた。

「僕がこんなこと、したくてしてると思うの? 僕だって、深く傷ついてる。苦しんでる。

 ねぇ……汚れちゃったから、消毒させてよ」

 類の美麗な顔が、寄せられる。

「ぃ、嫌っ!! やめて!!」

 抵抗の言葉も虚しく、類の唇が美羽のそれと重なった。

「ンンッッ!!」

 先ほどまで香織の唇に触れていたそれが、今は自分のものと重なっている。
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