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402.懇願

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 仕事が終わって、帰り道。

 今日も類は閉店作業のため、残っている。香織を送ってから帰るのだろう。

 鬱々とした気持ちを抱えながら美羽は駅への道を、速足で歩いていた。

 デタントは並木道が続く閑静な住宅街にポツンと佇むお洒落なカフェといったおもむきだが、そこから一本入ると駅への道が真っ直ぐ伸びている。駅までの道は、昔は商店街となっていたが、開発によってどんどん古い店がなくなり、今では雑貨店、セレクトショップ、タピオカ店、パンケーキ屋、ハワイアンベーカリーなどの店が立ち並び、賑わいを見せる。

 だが、美羽がここを通るのは大抵店が閉まってからなので、その賑わいを目にすることはあまりなかった。

 駅への曲がり角を目指して歩いていると、すぐ近くの電柱の影から突然人が飛び出してきた。



「ヒッ!!」



 恐怖で足が竦み、喉が潰れそうになる。

「私、私よ、美羽さん!!」

 足をなんとか動かし、後退りして逃げようとすると、声と共に電灯が彼女の顔に当たり、誰なのか分かった。

「圭子さん! どうしたんですか、こんなところで……」

 ここから圭子の家まではかなり遠いし、普通美羽を訪ねるのであれば、義昭の家に来るはずだ。

「美羽さんに、相談したいことがあるの」

 いつも横暴な態度の圭子とは、今日は違っていた。何か深刻な雰囲気を感じる。

「じゃあ、家でゆっくり話を聞きましょうか?」
「だ、だめっっ!! 家には兄さんがいるから!!
 お願い、ふたりっきりで話したいの!!」

 圭子に懇願され、美羽は昔、義昭からの告白の返事をしたレトロカフェ『憩い』に彼女を連れていった。そこは、デタントとは反対側になる、駅の裏にある。

 カランコロン……

 懐かしい音を響かせながら、扉を開ける。『憩い』を訪れるのは、あの時以来だった。大好きなカフェだったのに、義昭との思い出の場所ということが、美羽の足を遠ざけていた。

 ブラウンを基調にした、落ち着いた店内。深みのある年季の入ったブラウンの革張りのソファが置かれ、その上からはチューリップの花びらを下に向けたようなシャンデリアが優しい光をテーブルに注いでいる。カウンターには、相変わらず年代物のコーヒーサイフォンが置かれ、コーヒー豆の香ばしい匂いが鼻を擽った。

 まるで時が止まったかのように、この喫茶店は何ひとつ変わっていなかった。

 私も、あの時に戻れたらいいのに。

 そんな叶わぬ願いを、つい抱いてしまう。

「へぇー、昭和って感じの喫茶店ねぇ」

 圭子は席に座ると、キョロキョロと物珍しそうに辺りを見回した。先ほど美羽に見せた切迫感が、一気に消えていた。

 長袖の白いブラウス、黒のワンピースに白いフリルのついたエプロンを着た清楚な雰囲気のウェイトレスが、水とおしぼりを持ってくる。

 メニューを見ることなく、美羽は注文した。

「カモミールティーをお願いします。圭子さんは、何にしますか?」

 いい話でないことは確かなので、できれば聞きたくはないが、話を聞かないといつまでも帰してくれなさそうだ。さっさと話を切り上げて帰りたかった。

 圭子はテーブルに置かれていた卓上ポップを見て、ウェイトレスを見上げた。

「じゃあ、このケーキセットで。コーヒーでいいわ」

 注文を終えると、美羽は早速話を切り出した。

「それで……相談って、なんですか?」

 圭子は気軽な口調だった雰囲気からまたもや一転し、唇を奮わせると涙をぼろぼろと零し始めた。



「美羽さん、助けてっっ!!
 あなたしか、頼る人いないのよー!!」


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