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401.類からのプレゼント

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 今日は、人の少ないカフェタイムを利用して厨房では新メニューの試作をしていたため、控室では美羽と香織のふたりだけだった。

 香織が、顔を綻ばせて美羽に話す。

「私、ずっと長い間不倫してて気軽に彼氏の話が出来なかったから、普通の付き合いがこんなに嬉しいものだったなんて忘れてたよ。
 人の目を気にせず街を歩いたり、友達に喋れるって、ほんと楽しいね」

 香織の一言一句が、美羽の心臓をナイフで抉る。

「そ、そう……良かったね。
 でも、結構類って我儘で自分勝手なところとかあるし、付き合ってると振り回されて大変じゃない?」

 美羽が尋ねると、香織は笑って大きく手を振った。

「そーんなこと、全然ないよ! 藤岡はさ、優柔不断でなーんも自分で決められなくてイライラすることもよくあったけど、類くんは私の意見を聞きながらもちゃんとリードしてくれて、スマートな対応だし。
 私、こんな風に大事に扱われることなかったから、照れるけどね。
 それにさ、類くんからふたりが小さい頃の話とか聞いたりしてね、類くんだけでなく美羽とももっと距離が近づいた気がして、嬉しいんだー」

 そう言って微笑む香織は、幸せそのものだった。

 そんな親友の幸せを、自分は喜んであげられない。嫉妬と憎悪が心の中で渦を巻き、それを必死に抑えている。

 ふと香織の胸元を見ると、キラリと光っているものがあった。

「あれっ、かおりんがネックレスなんて珍しいね」

 すると、香織が頬を染め、口元を緩めながら、ネックレスを引っ張った。金色のチェーンの先に小さなダイヤモンドがあしらわれた三日月のチャームがついたデザインで、香織の雰囲気とよく合っていた。

「これ……今朝ね、類くんがホワイトデーにってくれたの。それと、少し早い1ヶ月記念も兼ねてだって。
 こういうこと、今までされたことなかったから、気恥ずかしくなっちゃうけど……嬉しかった」
「そ、そう……」

 そういえば、萌たんのファンの人たちが何かあげてたっけ。あれは、ホワイトデーのお返しだったんだ。

 もちろん、美羽は類から何も受け取っていなかった。今日がホワイトデーだということすら、忘れていた。

 ただ、類が今日は早めに出勤しなければいけないからということで、美羽は電車でデタントに来たのだった。

 そこに、そんな狙いがあったことなど気づきもしなかった。



 類が、かおりんにネックレスを……



 自分の首にかかっている南京錠のネックレスが、ズシッと重く感じる。

 南京錠ではないものの、気軽に外せるものだと分かっているものの、類が香織にネックレスをあげたという事実にショックを隠せない。

 ネックレスは、類にとって特別なものだと思っていた。彼の、自分に対する所有欲のあらわれなのだと。

 そこまで……私を、貶めたいのね。類。

 今すぐにでも、自分の首に掛けられている南京錠のネックレスを引き千切りたかった。類に投げつけてなじり、罵倒してやりたかった。

 けれど、実際にそんなことなど出来ないと、分かっている。

 香織にネックレスをあげたことが分かっても、まだ類と繋がっていたい、繋がれていたい。この鎖を、断ち切りたくない。

 南京錠で繋がれている自分の方が愛されているのだと、信じたかった。

 こんな酷いことをされても、憎しみと怒りで満たされても、類を愛する気持ちが消えてくれない。

 嫌いなのに。憎くてたまらないのに……

 自分を愛してほしい、愛されたいと心が叫んでいた。

 あれ以来、大好きだったデタントでの仕事すら、苦痛になっていた。

 香織と喋りたくないし、顔も見たくなくなっていた。顔を見れば憎しみと嫉妬が湧き出て、黒いオーラに支配されてしまう。

 そんな気持ちを必死で隠し、仮面をかぶる。

 こんなことなら、香織が類と付き合う前に、自分と類が恋人であったことを打ち明けておけば良かった。

 結婚して夫がいてもずっと忘れられず、いまだに彼を愛しているのだと告白できたら良かった。

 香織なら、理解してくれたかもしれないのに。受け入れてくれたかもしれないのに。応援してくれたかもしれないのに。



 ふたりが恋人となった今となっては……すべてが、手遅れだった。



 デタントを辞めようかとまで、思い詰めた。

 けれど、隼斗のことを思うと辞められない。カフェの人気が上がっている今、人手不足で猫の手も借りたいほど忙しい状況なのだ。

 こんな時に、美羽が辞めたいなどと言い出したら、迷惑がかかるのは目に見えている。

 これが全て類の企みで、掌の上で転がされていると分かっていても、この苦しみから抜け出せなかった。
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