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396.本当の悪者

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 類だ!!

 居ても立ってもいられず、美羽は駆け出していた。

「ただいま」

 飛び出してきた美羽に、類が極上の笑顔を見せる。

 顔を見られたことが嬉しくて、帰ってきてくれたことに安心した……その途端、今度は荒々しい嵐のような激しい怒りが心に満ちていく。



「類、いったいどういうつもり!?」



 感情的になる美羽に対し、類は飄々と言ってのけた。

「どういうって、香織と付き合い始めたこと? ミューに相談する義務はないでしょ」

 美羽が、拳を震わせる。

「ふざけないで!! かおりんを一度振っておきながら、また付き合うって言ったのは、私が類の気持ちに応えられなかった腹いせでしょ?

 そうやってまた、私の嫉妬を煽って気持ちを向かせようとするなんて。 
 好きでもないのに、好きになるつもりもないのに、かおりんの気持ちを弄んで、道具みたいに利用して……そんなことするなんて、最低だよ!

 かおりんを私たちのことに、巻き込まないで!!」

 類が、意地の悪い笑みを浮かべる。

「どうして僕が香織を好きにならないなんて、言い切れるの? 
 人の感情なんてさ、ちょっとしたきっかけで変わるものじゃない」
「そんなことない! 変わらない感情だってある!!」

 私のように。類の、ように……

 怒りと絶望と憎しみが混沌の渦を生み出して熱を帯び、一気に噴き出し、爆発する。

「類が好きなのは私でしょ!
 絶対に、かおりんを好きになることなんてない!!」

 すると、背筋が凍りそうなほど残酷な眼差しを向けられた。

「じゃあ……ミューの気持ちは変わらないんだよね?
 ずっと、僕のことが好きだって、気持ちは変わってないって、そう言いたいんだよね?」
「そ、れは……」

 美羽は、口籠った。

 肯定してしまえば、全てが崩れてしまう。今の生活も、夫婦関係も、香織との友情も……全てを捨てる覚悟をしなければならない。

 類は、悲しげな瞳を揺らした。



「そうだよ。
 僕が好きなのは、香織じゃない。ミューだよ。
 ずっと、ずっと……変わらない。変わることは、なかった。どんなに離れていても、どれだけ会えなくても」



「ッッ!」

 類……

 類なら、否定すると思っていた。もう自分のことなど好きじゃない、これからは香織を好きになると言って、嫉妬と不安を煽るのだと、そう思っていたのに。

 こんな状況にも関わらず、胸が熱くなる。今すぐ類の胸に、飛び込んでしまいたくなる。

「アメリカでの仕事も生活も全て捨てて、グリーンカード(永住権)も放棄して、ここに来たのは……ミューと一緒にいたいからだ。
 ミューと愛し合うために、僕はなにもかも捨てた」
「ック……」

 類の強い覚悟が伝わってくる。美羽は、ここにいても何ひとつ捨てられない。類ほどの決意と覚悟など何もないと、突きつけられる。

 類の長い睫毛が伏せられた。

「でも、ミューは変わったよ。
 あの頃のミューは、もういない……僕を純粋に愛してくれていた、ミューは。

 だから、僕も変わらなくちゃいけないんだ。
 ミューを好きで好きで堪らないのに、いつも裏切られる。苦しいんだ。

 誰か、他の人を好きになれるなら、なりたい。なってみたい。
 もうこの苦しみから、解放……されたいッッ」

 幾千もの剣で貫かれたように、類の言葉が心臓に突き刺さる。類の悲しみが、苦しみが、痛みが、一気に美羽の中に流れ込んでくる。

 ッッ類……本当に?
 本当に、私を諦めようと、かおりんを好きになろうと、思ってるの?

 類を見つめていた美羽の視線が、彼に捉えられる。胸を締め付けられるほどの憂いを含んだダークブラウンの潤んだ瞳に、射抜かれる。

「ねぇ……本当に酷いのは、誰?
 僕、なの?
 僕がミューを愛したから。今でも愛しているから、悪いの?」
「ッッちがっ……」



 悪いのは、酷いのは……ワタシだ。


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