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389.隼斗の呼び出し

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 最後のお客様を見送った後、隼斗がカウンター越しに美羽に声を掛けた。

「2日連続で申し訳ないんだが、美羽、今日も閉店作業までやってくれるか?」
「ぁ、はい……」

 どうしてなんだろう。

 そう思いつつ、萌が帰らされたので、彼女への気遣いだろうと結論づけた。

 香織とふたりで閉店作業を済ませ、控室に戻ろうとすると、再び隼斗に呼び止められる。

「美羽、厨房の方に来てくれないか。話がある」
「うん、分かった」

 控室じゃなく、厨房?

 疑問に思いながら、香織と互いに「お疲れさま」と別れを告げ、厨房側の扉から入る。油と食べ物の匂いが入り混じり、食洗機の蒸気がまだ漂う、熱気の残る室内。

 そこには隼斗だけでなく、類もいた。

 ぇ、類も!?
 なんで!?

 類が座っているのを見て心臓がバクンと跳ね、一気に冷や汗が出てくる。

「座ってくれ」

 椅子を勧められて座るものの、心を落ち着けられなかった。


 美羽と類は椅子の間に少し隙間がある弓なり、向かいには隼斗といった、いびつな三角形になって囲んで座る。

 美羽はチラッと隼斗を見つめて俯き、顔を青ざめた。

 ここに私と類を呼び出したってことは……私たちに関わることで、しかも他の人たちには聞かせたくない話題、ってこと……だよね。



 もしかして、隼斗兄さんは気づいてしまったの!?
 私たちが、姉弟でありながらも恋人同士だった過去があり、現在いまも想いあっているということを。



 全身が冷水を浴びたように冷たくなり、頭の芯から爪先までの神経がなくなっていく。

 ここで隼斗にふたりの関係を追求されたら、どう答えればいいのか思いつかない。実の弟と恋愛など……隼斗には、受け入れてなんて、理解なんてしてもらえるはずない。しかも今は、夫がいる身なのだ。

 狼狽する美羽とは対照的に、類はリラックスしていた。

「それで、隼斗兄さん。僕たちを呼び出して、なんの話?」

 美羽は、この場から逃げ出したかった。目を瞑り、耳を塞いで、何もかも拒絶したかった。

 そんな気持ちをぐっと押し殺し、隼斗を見つめる。汗がじわじわと湧き出し、呼吸が浅くなる。

 隼斗はいったん深呼吸してから、ゆっくりと口を開いた。



「類……美羽から聞いてると思うが、お前の母親は、『幸福阿吽教』という宗教に傾倒している」



 な、何を言い出すの、隼斗兄さん……!!

 話題が美羽と類の恋愛についてではなかったという安心感よりも、最悪なことが起きてしまったという絶望に打ちのめされる。

 類には……隼斗兄さんが、『幸福阿吽教』について調べ回っていることを隠しておきたかったのに。
 それが、自ら類に打ち明けるなんて。

 類は、どう答えるのだろうと、美羽は固唾を飲んで見守った。

 隼斗の言葉に、類は目を丸くした。

「えっ、そうなの!? 知らなかった!
 ミュー、なんで話してくれなかったの!?」

 類は知らないフリを通すつもりなんだ。
 だったら、隼斗兄さんにはなんて言えばいいんだろう。

「そ、それは……」

 口籠った美羽に、「あぁ!」と、類がひとり納得の声を上げる。

「僕を心配させないように、話さなかったんでしょ?」

 隼斗が、眉毛をとピクッとさせた。

「そう、だったのか?」

 真っ直ぐに見つめる隼斗の視線を見られないまま、美羽は小さく頷いた。罪悪感に責められ、「うん」という声すら出せない。

「そうか。それは、すまなかった」

 違う。隼斗兄さんは悪くない……
 悪いのは、私たちの方なのに。

 隼斗兄さんは、正直で、真っ直ぐ、真摯に、いつも私を、そして義弟となった類のことを考えてくれているのに。

 胃がキリキリと絞られ、縮こまっていく。

「そんな! 教えてくれて嬉しいよ。
 で、母さんが宗教に入ってるって、そんな悪いことなわけ?」

 無邪気に隼斗に尋ねる類の演技に、美羽の心臓が鉛のように重くなった。


 そんな類に、隼斗は申し訳なさそうに表情を落とした。

「あぁ……お前の母親が傾倒してる宗教団体ってのが、厄介なんだ。麻薬と似た症状のあるキノコか何かを使って錯乱状態を起こさせ……おそらく中毒にさせることで、信者たちをとりこんでいるようなんだ」

 隼斗の話を聞きながら、美羽は更に落ち込んだ。

 言っちゃった……
 教団の裏から糸を引き、操っているのは、類かもしれないのに。

 もし隼斗は、それを知ったらどうするのだろう。正義感の強い隼斗は、母親を糾弾するだけではなく、類も教団の陰謀の首謀者として警察に引き渡すのではないか。

 そう考えて、恐ろしさで身震いがした。

「うわぁ、そんなことになってんだ!
 それで、証拠はあるの?」

 好奇心から聞いているように見せる類が、怖くて仕方ない。

「いや……まだだ」

 そう否定してから、隼斗がキリッと顔を上げた。



「だが、証拠を掴めそうな人物と連絡がとれた」



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