389 / 498
383.怒りの鉄槌
しおりを挟む
渾身の力を振り絞って扉をガリガリと引っ掻いていた義昭の手が、ガンッと蹴り上げられる。
「ウッ!」
床へと落ちたその手が、今度は乗馬ブーツのヒールで穴が開きそうなぐらいの強さで踏みつけられた。義昭の苦痛に満ちた顔が、更に酷く歪む。
「ヒ、グゥッ……」
「あれっ? こんなところに転がってるって気がつかなくて、踏みつけちゃった」
汚い手で触んじゃねーよ!
心の声とは裏腹に、にっこりと微笑んでみせた。
「ル、ルイィィィ……ハァッ、ハァッ」
「ねぇ、そこ退いてくんない? 邪魔なんだけど」
怒りで頭がおかしくなりそうなぐらい、ドス黒い感情が渦巻いているが、それを義昭に見せることは、ご褒美でしかない。だが、平静にならなれければと思うのに、どう抑えこんでも憎しみの気持ちが湧き上がってしまう。
義昭を、蛆虫を見るような蔑んだ視線で見下ろしていた。
いつもの義昭であれば、そんな類の姿に見惚れて顔を赤く染めるところだが、今は本当に余裕がないらしく、ますます顔を青褪めさせた。
「く、薬を……ハァッ、ハァッ……腹が、おかしいんだ……ッグ」
チョコケーキを食べ、類に勧められてお茶を飲み……暫くたってから自室に戻ると、急に腹に激痛が走った。
一階のリビングに常備してある救急箱を取りに行きたかったが、あまりの痛さに歩くこともままならなかった。匍匐前進で躰を引き摺りながら、ようやく目の前の美羽の部屋まで来た。
だが、いくらノックしても、呼び掛けても、美羽は応じようとしない。
「ハァッ、ハァッ……」
荒く息を吐く義昭の手を、類が更に深くギリギリと足を左右に揺らして踏み捩る。
「いつまでこんなところに寝転んでるの? 早く戻りなよ」
「ウッ、グゥゥゥゥゥ……ハッ、ハッ、ハッハッハッ」
義昭の額からダラダラと脂汗が滲み、蒼白な顔でガクガクと震える。眼鏡は完全にずり落ちていた。
「ハァッ、ハァッ……ッグ……せ、せめて……み、水ぅぅ……水だけでもッッ!!」
義昭が必死に呼び掛ける。
「水が欲しいの?」
類が義昭の背中を足で蹴って転がそうとするが、さすがに大の男ひとりを動かすことはできない。そこで髪の毛を鷲掴みにし、一気に引き摺る。
「フッ……ッグ。クゥゥゥッッ!!」
義昭を引っ張って扉を開け、トイレの便器に頭を投げ込む。
「水なら、ここにたっぷりあるよ。はい、どうぞ」
類が義昭の頭を蹴り上げた途端、
グーギュルルルル……
義昭のお腹が鳴り、背中を丸め、尻をヒクヒクと上下に激しく痙攣させた。
「んぁ、あぁぁっ!! ングゥッ!!」
義昭がトイレにしがみつき、必死に躰を持ち上げて便器に座ろうとしている。
「汚くしたら、許さねぇから」
そんな義昭を視界から消すように、類が扉をバタンと閉めた。
「ウッ……ング!! ぁ、あぁ、ぁあああああああああああっっ!!」
その声と共に汚物が排出される音が扉の向こう側から響き、類は舌打ちして、くるりと背を向けた。
汚くなったな……
乗馬ブーツをその場で脱ぐと、ガラッと窓を開け、放り投げる。ブーツが草叢にバサッと落ちる音が、夜のしじまに呑みこまれていく。
カラカラと窓を閉め、溜息を吐き切る。それからゆっくりと振り返り、美羽の部屋の扉を見つめた。
ミュー……
睫毛を揺らし、求めるように、欲するように扉へと近づき、腕をゆっくりと伸ばす。
だが……
「ック……」
ゆるく閉じていた拳をギュッと握って震わせ、力なく下ろした。類の手の中には、美羽の部屋の鍵があった。
この扉の向こうに、恐怖に怯え、震えてるミューがいる。
抱き締めたい。自分の温もりで包み込んで、安心させてあげたい。
けれど、その思いを呑み込んで、階段を降りて自分の部屋へと向かう。そうさせたのは、怒りの感情からだった。
今日、ミューからチョコレートケーキをもらうのは僕のはずだった。ミューは僕のために、あれを用意していたのに……
「ウッ!」
床へと落ちたその手が、今度は乗馬ブーツのヒールで穴が開きそうなぐらいの強さで踏みつけられた。義昭の苦痛に満ちた顔が、更に酷く歪む。
「ヒ、グゥッ……」
「あれっ? こんなところに転がってるって気がつかなくて、踏みつけちゃった」
汚い手で触んじゃねーよ!
心の声とは裏腹に、にっこりと微笑んでみせた。
「ル、ルイィィィ……ハァッ、ハァッ」
「ねぇ、そこ退いてくんない? 邪魔なんだけど」
怒りで頭がおかしくなりそうなぐらい、ドス黒い感情が渦巻いているが、それを義昭に見せることは、ご褒美でしかない。だが、平静にならなれければと思うのに、どう抑えこんでも憎しみの気持ちが湧き上がってしまう。
義昭を、蛆虫を見るような蔑んだ視線で見下ろしていた。
いつもの義昭であれば、そんな類の姿に見惚れて顔を赤く染めるところだが、今は本当に余裕がないらしく、ますます顔を青褪めさせた。
「く、薬を……ハァッ、ハァッ……腹が、おかしいんだ……ッグ」
チョコケーキを食べ、類に勧められてお茶を飲み……暫くたってから自室に戻ると、急に腹に激痛が走った。
一階のリビングに常備してある救急箱を取りに行きたかったが、あまりの痛さに歩くこともままならなかった。匍匐前進で躰を引き摺りながら、ようやく目の前の美羽の部屋まで来た。
だが、いくらノックしても、呼び掛けても、美羽は応じようとしない。
「ハァッ、ハァッ……」
荒く息を吐く義昭の手を、類が更に深くギリギリと足を左右に揺らして踏み捩る。
「いつまでこんなところに寝転んでるの? 早く戻りなよ」
「ウッ、グゥゥゥゥゥ……ハッ、ハッ、ハッハッハッ」
義昭の額からダラダラと脂汗が滲み、蒼白な顔でガクガクと震える。眼鏡は完全にずり落ちていた。
「ハァッ、ハァッ……ッグ……せ、せめて……み、水ぅぅ……水だけでもッッ!!」
義昭が必死に呼び掛ける。
「水が欲しいの?」
類が義昭の背中を足で蹴って転がそうとするが、さすがに大の男ひとりを動かすことはできない。そこで髪の毛を鷲掴みにし、一気に引き摺る。
「フッ……ッグ。クゥゥゥッッ!!」
義昭を引っ張って扉を開け、トイレの便器に頭を投げ込む。
「水なら、ここにたっぷりあるよ。はい、どうぞ」
類が義昭の頭を蹴り上げた途端、
グーギュルルルル……
義昭のお腹が鳴り、背中を丸め、尻をヒクヒクと上下に激しく痙攣させた。
「んぁ、あぁぁっ!! ングゥッ!!」
義昭がトイレにしがみつき、必死に躰を持ち上げて便器に座ろうとしている。
「汚くしたら、許さねぇから」
そんな義昭を視界から消すように、類が扉をバタンと閉めた。
「ウッ……ング!! ぁ、あぁ、ぁあああああああああああっっ!!」
その声と共に汚物が排出される音が扉の向こう側から響き、類は舌打ちして、くるりと背を向けた。
汚くなったな……
乗馬ブーツをその場で脱ぐと、ガラッと窓を開け、放り投げる。ブーツが草叢にバサッと落ちる音が、夜のしじまに呑みこまれていく。
カラカラと窓を閉め、溜息を吐き切る。それからゆっくりと振り返り、美羽の部屋の扉を見つめた。
ミュー……
睫毛を揺らし、求めるように、欲するように扉へと近づき、腕をゆっくりと伸ばす。
だが……
「ック……」
ゆるく閉じていた拳をギュッと握って震わせ、力なく下ろした。類の手の中には、美羽の部屋の鍵があった。
この扉の向こうに、恐怖に怯え、震えてるミューがいる。
抱き締めたい。自分の温もりで包み込んで、安心させてあげたい。
けれど、その思いを呑み込んで、階段を降りて自分の部屋へと向かう。そうさせたのは、怒りの感情からだった。
今日、ミューからチョコレートケーキをもらうのは僕のはずだった。ミューは僕のために、あれを用意していたのに……
0
お気に入りに追加
242
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる