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383.怒りの鉄槌
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渾身の力を振り絞って扉をガリガリと引っ掻いていた義昭の手が、ガンッと蹴り上げられる。
「ウッ!」
床へと落ちたその手が、今度は乗馬ブーツのヒールで穴が開きそうなぐらいの強さで踏みつけられた。義昭の苦痛に満ちた顔が、更に酷く歪む。
「ヒ、グゥッ……」
「あれっ? こんなところに転がってるって気がつかなくて、踏みつけちゃった」
汚い手で触んじゃねーよ!
心の声とは裏腹に、にっこりと微笑んでみせた。
「ル、ルイィィィ……ハァッ、ハァッ」
「ねぇ、そこ退いてくんない? 邪魔なんだけど」
怒りで頭がおかしくなりそうなぐらい、ドス黒い感情が渦巻いているが、それを義昭に見せることは、ご褒美でしかない。だが、平静にならなれければと思うのに、どう抑えこんでも憎しみの気持ちが湧き上がってしまう。
義昭を、蛆虫を見るような蔑んだ視線で見下ろしていた。
いつもの義昭であれば、そんな類の姿に見惚れて顔を赤く染めるところだが、今は本当に余裕がないらしく、ますます顔を青褪めさせた。
「く、薬を……ハァッ、ハァッ……腹が、おかしいんだ……ッグ」
チョコケーキを食べ、類に勧められてお茶を飲み……暫くたってから自室に戻ると、急に腹に激痛が走った。
一階のリビングに常備してある救急箱を取りに行きたかったが、あまりの痛さに歩くこともままならなかった。匍匐前進で躰を引き摺りながら、ようやく目の前の美羽の部屋まで来た。
だが、いくらノックしても、呼び掛けても、美羽は応じようとしない。
「ハァッ、ハァッ……」
荒く息を吐く義昭の手を、類が更に深くギリギリと足を左右に揺らして踏み捩る。
「いつまでこんなところに寝転んでるの? 早く戻りなよ」
「ウッ、グゥゥゥゥゥ……ハッ、ハッ、ハッハッハッ」
義昭の額からダラダラと脂汗が滲み、蒼白な顔でガクガクと震える。眼鏡は完全にずり落ちていた。
「ハァッ、ハァッ……ッグ……せ、せめて……み、水ぅぅ……水だけでもッッ!!」
義昭が必死に呼び掛ける。
「水が欲しいの?」
類が義昭の背中を足で蹴って転がそうとするが、さすがに大の男ひとりを動かすことはできない。そこで髪の毛を鷲掴みにし、一気に引き摺る。
「フッ……ッグ。クゥゥゥッッ!!」
義昭を引っ張って扉を開け、トイレの便器に頭を投げ込む。
「水なら、ここにたっぷりあるよ。はい、どうぞ」
類が義昭の頭を蹴り上げた途端、
グーギュルルルル……
義昭のお腹が鳴り、背中を丸め、尻をヒクヒクと上下に激しく痙攣させた。
「んぁ、あぁぁっ!! ングゥッ!!」
義昭がトイレにしがみつき、必死に躰を持ち上げて便器に座ろうとしている。
「汚くしたら、許さねぇから」
そんな義昭を視界から消すように、類が扉をバタンと閉めた。
「ウッ……ング!! ぁ、あぁ、ぁあああああああああああっっ!!」
その声と共に汚物が排出される音が扉の向こう側から響き、類は舌打ちして、くるりと背を向けた。
汚くなったな……
乗馬ブーツをその場で脱ぐと、ガラッと窓を開け、放り投げる。ブーツが草叢にバサッと落ちる音が、夜のしじまに呑みこまれていく。
カラカラと窓を閉め、溜息を吐き切る。それからゆっくりと振り返り、美羽の部屋の扉を見つめた。
ミュー……
睫毛を揺らし、求めるように、欲するように扉へと近づき、腕をゆっくりと伸ばす。
だが……
「ック……」
ゆるく閉じていた拳をギュッと握って震わせ、力なく下ろした。類の手の中には、美羽の部屋の鍵があった。
この扉の向こうに、恐怖に怯え、震えてるミューがいる。
抱き締めたい。自分の温もりで包み込んで、安心させてあげたい。
けれど、その思いを呑み込んで、階段を降りて自分の部屋へと向かう。そうさせたのは、怒りの感情からだった。
今日、ミューからチョコレートケーキをもらうのは僕のはずだった。ミューは僕のために、あれを用意していたのに……
「ウッ!」
床へと落ちたその手が、今度は乗馬ブーツのヒールで穴が開きそうなぐらいの強さで踏みつけられた。義昭の苦痛に満ちた顔が、更に酷く歪む。
「ヒ、グゥッ……」
「あれっ? こんなところに転がってるって気がつかなくて、踏みつけちゃった」
汚い手で触んじゃねーよ!
心の声とは裏腹に、にっこりと微笑んでみせた。
「ル、ルイィィィ……ハァッ、ハァッ」
「ねぇ、そこ退いてくんない? 邪魔なんだけど」
怒りで頭がおかしくなりそうなぐらい、ドス黒い感情が渦巻いているが、それを義昭に見せることは、ご褒美でしかない。だが、平静にならなれければと思うのに、どう抑えこんでも憎しみの気持ちが湧き上がってしまう。
義昭を、蛆虫を見るような蔑んだ視線で見下ろしていた。
いつもの義昭であれば、そんな類の姿に見惚れて顔を赤く染めるところだが、今は本当に余裕がないらしく、ますます顔を青褪めさせた。
「く、薬を……ハァッ、ハァッ……腹が、おかしいんだ……ッグ」
チョコケーキを食べ、類に勧められてお茶を飲み……暫くたってから自室に戻ると、急に腹に激痛が走った。
一階のリビングに常備してある救急箱を取りに行きたかったが、あまりの痛さに歩くこともままならなかった。匍匐前進で躰を引き摺りながら、ようやく目の前の美羽の部屋まで来た。
だが、いくらノックしても、呼び掛けても、美羽は応じようとしない。
「ハァッ、ハァッ……」
荒く息を吐く義昭の手を、類が更に深くギリギリと足を左右に揺らして踏み捩る。
「いつまでこんなところに寝転んでるの? 早く戻りなよ」
「ウッ、グゥゥゥゥゥ……ハッ、ハッ、ハッハッハッ」
義昭の額からダラダラと脂汗が滲み、蒼白な顔でガクガクと震える。眼鏡は完全にずり落ちていた。
「ハァッ、ハァッ……ッグ……せ、せめて……み、水ぅぅ……水だけでもッッ!!」
義昭が必死に呼び掛ける。
「水が欲しいの?」
類が義昭の背中を足で蹴って転がそうとするが、さすがに大の男ひとりを動かすことはできない。そこで髪の毛を鷲掴みにし、一気に引き摺る。
「フッ……ッグ。クゥゥゥッッ!!」
義昭を引っ張って扉を開け、トイレの便器に頭を投げ込む。
「水なら、ここにたっぷりあるよ。はい、どうぞ」
類が義昭の頭を蹴り上げた途端、
グーギュルルルル……
義昭のお腹が鳴り、背中を丸め、尻をヒクヒクと上下に激しく痙攣させた。
「んぁ、あぁぁっ!! ングゥッ!!」
義昭がトイレにしがみつき、必死に躰を持ち上げて便器に座ろうとしている。
「汚くしたら、許さねぇから」
そんな義昭を視界から消すように、類が扉をバタンと閉めた。
「ウッ……ング!! ぁ、あぁ、ぁあああああああああああっっ!!」
その声と共に汚物が排出される音が扉の向こう側から響き、類は舌打ちして、くるりと背を向けた。
汚くなったな……
乗馬ブーツをその場で脱ぐと、ガラッと窓を開け、放り投げる。ブーツが草叢にバサッと落ちる音が、夜のしじまに呑みこまれていく。
カラカラと窓を閉め、溜息を吐き切る。それからゆっくりと振り返り、美羽の部屋の扉を見つめた。
ミュー……
睫毛を揺らし、求めるように、欲するように扉へと近づき、腕をゆっくりと伸ばす。
だが……
「ック……」
ゆるく閉じていた拳をギュッと握って震わせ、力なく下ろした。類の手の中には、美羽の部屋の鍵があった。
この扉の向こうに、恐怖に怯え、震えてるミューがいる。
抱き締めたい。自分の温もりで包み込んで、安心させてあげたい。
けれど、その思いを呑み込んで、階段を降りて自分の部屋へと向かう。そうさせたのは、怒りの感情からだった。
今日、ミューからチョコレートケーキをもらうのは僕のはずだった。ミューは僕のために、あれを用意していたのに……
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