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372.バレンタインデー
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美羽は最上段に置いた箱を確認して、冷蔵庫の扉を閉めた。
私に、渡せる資格なんてない……
そう思っていたのに、その日が近づくにつれて類にチョコレートを渡したい気持ちが高まり、ついに前日、誘惑に打ち勝てず、チョコレートケーキを作ってしまった。
類に渡すことを考えるだけで胸が苦しくなり、緊張してしまう。高揚し、躰が震えてくる。
今まで類にバレンタインのチョコレートをあげたことは何度もあるのに、こんなに不安で臆病な気持ちになるのは初めてだった。
いつだって類は美羽からのチョコレートを笑顔で受け取り、ふたりで分け合って食べる喜びを感じていた。チョコレートがまだ残る舌を絡ませ合った、甘く蕩かされそうなキスを味わった。
「ミュー、おはよう!」
類に声を掛けられ、小さく肩を震わせ、振り返る。
「おは、よう……」
朝の陽射しがガラス窓越しにキラキラと反射し、満面の笑みの類に降りかかっている。いつもより類が眩しく、魅力的に見えるのは、バレンタインの魔法なのだろうか。
今、家にいるうちに……類に呼びかけないと。
そして、気軽に、さりげなく、渡そう。
そんな心への呼びかけとは逆に躰が反応し、喉が乾いて張り付き、躰が竦む。
呼びかけようとしたところで、階段を降りる音が響いて口を噤む。やがて、扉が開いた。
「おはよう」
「お、はよう」
チャンスを、逃しちゃった……
義昭には、見られたくなかった。それは、夫に対しての後ろめたさとは違う、別の感情だった。
美羽は何事もなかったかのように背を向け、朝食の準備を始めた。冷蔵庫を開けた際に、チョコレートケーキの箱をぐっと奥に押し込め、視界から遮るようにヨーグルトをその前に置いた。
クリスマスと並んで、最も忙しい今日。デタントでは、ランチもディナーも予約で全て埋まっているため、類だけでなく、ウェイトレスである美羽も早出となっていた。
朝食を終えた類が壁時計を確認し、美羽を促す。
「ミュー、そろそろいこっか」
「うん」
久しぶりのふたりきり。それも、バレンタインデーという特別な日に。そう思うと、美羽の気持ちがふわりと踊る。
「じゃ、ヨシまたね」
類が義昭に告げてすぐ、彼も立ち上がった。
「僕も今日、これから早朝会議なんだ。悪いが類、一緒に乗せてってくれないか」
ぇ。義昭さんも!?
せっかくの貴重な類とのふたりきりの時間を義昭に邪魔されるのが、口惜しく感じてしまう。
「あー、駅の方に行ってると間に合わないんだよね。それにヨシ、今日はゴミの日でしょ? 僕たち急がないといけないから、出しといて」
美羽がゴミ出しのために纏めておいたリサイクルボックスを指差し、類がにっこりと微笑んだ。口元は上がっているが、眼差しに凄みが滲んでいる。
「わ、分かった……」
義昭の頬が赤らみ、喉仏が上下する。
「じゃあね!」
「ぃ、行ってきます。義昭さん、ゴミ……お願いします」
類から進んでふたりきりの時間を作ってくれるなんて予想外であったがゆえに、嬉しさもひとしおだった。
玄関の扉を開けてすぐ、頬に冷たいものが当たった。見上げると、空からは粉雪がちらちらと舞っていた。今年初の、雪だ。
そう思ってすぐ、首元がふわっと暖かい感触に包まれる。
「寒いから、巻いてて」
類が、自分の首に巻いていたマフラーを美羽に掛けてくれていた。
「あり、がとう……」
類の優しさが嬉しくて、口元が綻ぶ。
ねぇ、類。
こんなに優しいのは、今日がバレンタインデーだから、なの?
私に、渡せる資格なんてない……
そう思っていたのに、その日が近づくにつれて類にチョコレートを渡したい気持ちが高まり、ついに前日、誘惑に打ち勝てず、チョコレートケーキを作ってしまった。
類に渡すことを考えるだけで胸が苦しくなり、緊張してしまう。高揚し、躰が震えてくる。
今まで類にバレンタインのチョコレートをあげたことは何度もあるのに、こんなに不安で臆病な気持ちになるのは初めてだった。
いつだって類は美羽からのチョコレートを笑顔で受け取り、ふたりで分け合って食べる喜びを感じていた。チョコレートがまだ残る舌を絡ませ合った、甘く蕩かされそうなキスを味わった。
「ミュー、おはよう!」
類に声を掛けられ、小さく肩を震わせ、振り返る。
「おは、よう……」
朝の陽射しがガラス窓越しにキラキラと反射し、満面の笑みの類に降りかかっている。いつもより類が眩しく、魅力的に見えるのは、バレンタインの魔法なのだろうか。
今、家にいるうちに……類に呼びかけないと。
そして、気軽に、さりげなく、渡そう。
そんな心への呼びかけとは逆に躰が反応し、喉が乾いて張り付き、躰が竦む。
呼びかけようとしたところで、階段を降りる音が響いて口を噤む。やがて、扉が開いた。
「おはよう」
「お、はよう」
チャンスを、逃しちゃった……
義昭には、見られたくなかった。それは、夫に対しての後ろめたさとは違う、別の感情だった。
美羽は何事もなかったかのように背を向け、朝食の準備を始めた。冷蔵庫を開けた際に、チョコレートケーキの箱をぐっと奥に押し込め、視界から遮るようにヨーグルトをその前に置いた。
クリスマスと並んで、最も忙しい今日。デタントでは、ランチもディナーも予約で全て埋まっているため、類だけでなく、ウェイトレスである美羽も早出となっていた。
朝食を終えた類が壁時計を確認し、美羽を促す。
「ミュー、そろそろいこっか」
「うん」
久しぶりのふたりきり。それも、バレンタインデーという特別な日に。そう思うと、美羽の気持ちがふわりと踊る。
「じゃ、ヨシまたね」
類が義昭に告げてすぐ、彼も立ち上がった。
「僕も今日、これから早朝会議なんだ。悪いが類、一緒に乗せてってくれないか」
ぇ。義昭さんも!?
せっかくの貴重な類とのふたりきりの時間を義昭に邪魔されるのが、口惜しく感じてしまう。
「あー、駅の方に行ってると間に合わないんだよね。それにヨシ、今日はゴミの日でしょ? 僕たち急がないといけないから、出しといて」
美羽がゴミ出しのために纏めておいたリサイクルボックスを指差し、類がにっこりと微笑んだ。口元は上がっているが、眼差しに凄みが滲んでいる。
「わ、分かった……」
義昭の頬が赤らみ、喉仏が上下する。
「じゃあね!」
「ぃ、行ってきます。義昭さん、ゴミ……お願いします」
類から進んでふたりきりの時間を作ってくれるなんて予想外であったがゆえに、嬉しさもひとしおだった。
玄関の扉を開けてすぐ、頬に冷たいものが当たった。見上げると、空からは粉雪がちらちらと舞っていた。今年初の、雪だ。
そう思ってすぐ、首元がふわっと暖かい感触に包まれる。
「寒いから、巻いてて」
類が、自分の首に巻いていたマフラーを美羽に掛けてくれていた。
「あり、がとう……」
類の優しさが嬉しくて、口元が綻ぶ。
ねぇ、類。
こんなに優しいのは、今日がバレンタインデーだから、なの?
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