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336.類の本質

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 類に嗜虐的な面があることは、幼い頃から分かっていた。けれど、これほどの残虐性を孕んでいるなど、思いもしなかった。

 美羽の脳裏に、類と父が暮らしていた家が蘇る。その家の狂気を帯びた赤色の地下室には、今美羽が見ているのと同じX字の磔台が置かれていた。

 そこに父が手脚を縛られて張り付けられ、類が鞭を振るう姿が浮かんできて、それを追い払うようにブルブルッと美羽は身を震わせた。

 類が美羽との恋仲を引き裂いた父親を恨んでいる可能性は、十分にある。

 類にとって、美羽は全てだった。それを奪われた怒りと恨みが父親への暴力へと向かわせ、父だけでは物足りず、他者にもこういった行為をするように走らせたのだろうか。
 美羽に会えない寂しさをやり切れなさを鞭に込め、鬱憤を晴らしていたのだろうか。

 自分が父親に暴力を振るわれていたと、美羽に狂言し、憐れみを誘った上で、懐深くに忍び込もうとしたのだろうか。ベッドで悪夢に魘されていた姿も、美羽の愛情を取り戻そうとする為の画策だったのだろうか。

 背中に残る生々しい暴力の痕も、父によって首に埋め込まれたというGPS機能付きのICチップも、全て類の自作自演だったのだろうか……

 鞭を振るい、暴力を与えること。これが、彼が長年秘めていた性的嗜好ーー人を傷つけることで興奮するサディズムだとは思えなかった。

 なぜなら、猫型のヴェネチアンマスクの下から見える類の口元に変化がないからだ。そこに、サディストとしての悦びや興奮を感じない。

 自分の役を、淡々と演じているような恐ろしさ。そこに、奇妙な異世界に迷い込んでしまったような錯覚を覚えた。

ーーこれは、何かの演劇か映画なのだろうか。

 そうであってほしい。そうに、違いない。

 だって……こんなに残酷で美しい生き物が、この世に存在するはずがない。
 あんな優しいお父さんに類が暴力を振るっていたなんて、考えたくない!

 類の言葉を信じたい。けれど、そうなると今度は父が類に暴力を振るっていたということを認めなければならなくなる。それは、ずっと大切にし、支えにしてきた父との優しい思い出を破壊する意味となり、美羽にとってとても辛く苦しいことだ。

 混乱した頭が悲鳴を上げる。
 どうしたら、真実に辿り着けるのだろう。

 だが、その真実を本当に知りたいと思っているのかどうかすら、疑わしかった。自分の意思さえも、混沌の渦に呑み込まれていく。

 裸体の男の下半身が屹立している。妖しい仮面の下から、物欲しそうに類を見つめている。

『ァ、ハァッ……』

 義昭の吐息が漏れたが、美羽は類の唇に意識を取られ、それどころではなかった。それまで無表情だった彼の唇が、歪んだ笑みを見せたからだ。

 その途端、美羽の躰がカーッと沸騰しそうなほど熱くなる。

 こんな常軌を逸した状況なのに、類に彼に対する愛情など微塵もないのだと知っているのに……男に目を向けてほしくない、たとえそれが歪んだものであっても笑みを見せてほしくないと嫉妬心がメラメラと燃え上がる。

 鞭に打たれたい欲望など全く持っていないはずなのに、あそこにいるのが自分だったら……などという倒錯的な考えまで浮かんでしまう。



 私、まで……類の世界に侵されているの?



 そんな美羽の気持ちに気付いたかのように、舞台上にいる類が正面を見据え、その視線は射るように真っ直ぐこちらを見つめている。

『ッッ、ぁあっっ!!……ハァッ、ハァッ、ハァッ』

 ジッパーが下ろされる音に続き、クチュクチュと卑猥な水音が響く。荒く乱れた呼吸は、どんどん加速度を増している。
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