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333.否定
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さりげなく聞くはずだったのに、責めるような口調になってしまった。
「何って。かおりんの部屋を見せてもらって、まだホームセンターが開いてたから急いで必要な材料買って、クロスの張り替えしてたんだけど」
「どうして夜遅くに!? だって、そんなのお店の定休日にだってできるじゃない!! こ、んな……夜中までとか」
制御が効かない。こんな廊下で大声を出せば義昭が起きてしまうかもしれないと分かっているのに、口が勝手に動いてしまう。感情が先走ってしまう。
類がフゥと静かに息を吐いた。
「あのさぁ、壁にあんな落書きされてたら気持ち悪いし、すぐにでも消したいでしょ。それに、かおりんは早く引っ越したくて色々物件をあたってるって言ってたからさ、できるところまでやってあげた方がいいと思ったんだよ」
「そ、そっか……」
もし自分が香織の立場なら、確かにそうだ。あんな落書きと一緒に生活するなんて、1日でも嫌だ。
黙り込んだ美羽に、類が意地悪く目を細め、口角を歪めた。
「ねぇ……
なんでミューは、そんなに気にしてるの?」
「それ、は……」
けれど、それ以上は口に出せない。
「嫉妬、してるんだ?」
「ち、違っっ!!」
類に自分の心を見透かされ、美羽は強く否定した。
「職場の大事な同僚がトラブルにあったのを助けるのは当然でしょ。それに、かおりんはミューにとって大事な友達でもあるんだから、僕も大事にしたいんだ」
分かってる。分かってるよ。
けど……
「だったら……どうして、かおりんばかり優しくするの?」
かおりんじゃなく、私に優しくして……
ーー類の罠に、まんまと嵌っている。
その自覚はあるのに、言わずにいられなかった。
類に、優しい言葉を、愛を感じる言葉をかけてもらいたくて必死だった。心からの叫びを抑えきれなかった。
類の猫目が妖艶な輝きを放ち、美羽を見つめた。
「なに? ミューは、僕に優しくして欲しいの? 他の女の子に優しくして欲しくないの?」
私、だけを見て。私、だけに優しくして。
私、だけを……愛して。
心の叫びが、胸の中で大きくこだまする。
だめ、抑えなきゃ。
類に、聞かれないようにしなくちゃ。
「そ、そんなんじゃ……ない」
素直に答えられない美羽に、類は短く息を吐いた。
「あっそ」
彼の呆れたような返事に絶望しながら、こんな風に自分を翻弄し、狡猾な罠を仕掛けてくる類に怒りも湧き上がってくる。
「類こそ! 私に嫉妬して欲しくて、振り返ってもらいたくて、わざとそんな態度とってるくせに!!
分かってるんだよ! 類が、お母さんのいる教団にオカダさんを忍び込ませてスパイさせてること。何か、企んでること。
それは全て、私を手に入れるためなんでしょう!?」
だが、類は『オカダ』という名前を聞いてもピクリとも反応しなかった。
「オカダ? 誰、それ?」
「ッッとぼけないでっっ!! オカダリョウジ。彼がお神酒の毒でフラフラになってた私に、解毒剤をくれた。類の従者だって、話してた。
いったい、類はなんの目的で彼をスパイとしてお母さんのいる教団施設に潜り込ませたの!?
あのお神酒は……類の指示で、入れられたの!?」
必死の形相で美羽は類に迫ったが、些かの動揺も見せない。
「いったいなんの話? 僕はオカダリョウジなんて人、会ったことも名前も聞いたこともないよ。なんで僕が、そんな知りもしないオカダって人をスパイとして送り込めるわけ?
ま、あの人がどうなろうと僕の知ったことじゃないけどね」
希望が断ち切られ、美羽は膝を折ってガックリと項垂れた。
類に聞けば、全ての謎が明かされるものだと思っていた。類にはぐらかされるなんて、思いもしなかった。
「どう、して……本当のことを、話してくれないの?」
悲嘆にくれた声で美羽が呟くと、類の肩が小さく震えた。
「ッ……よくそんなこと、僕に言えるよね。ミューはいつだって、ほんとのことを僕に話さないくせに」
美羽がハッと顔を上げると、類の傷付いた表情が一瞬見えたが、背を向けられてしまった。
「じゃ、明日も仕事だからもう寝るね。ミューも寝不足は肌に悪いよ。おやすみ」
類が立ち去り、静かに階段を下りていく。
美羽にはもうこれ以上、彼を引き止める理由が見つからなかった。
突然オカダさんの名前を告げたにもかかわらず、類は動揺しなかった。いつも嘘をつく時に見せる癖も、出なかった。
それは、私が聞くであろうことを予測していたからなの?
絶対に、類はオカダさんと結びつきがあるはずなのに……それを繋ぐ糸が、見つからない。
オカダリョウジの名前さえ出せば、類を陥落させられると思っていたのに、香織を利用して美羽を嫉妬させようとしていたことも、母への企みの真相も暴くことが出来なかった。
類の傷ついた表情を思い出してチクリと胸が痛んだが、だからといってこのまま闇に葬り去ることもできない。自分が何もしなくても、隼斗が真実を探り当てようと危険な目に遭ってしまうかもしれない。それだけは、避けなくては。
こうなったら……なんとかして、探り当てるしかない。
腕を震わせる美羽の背後で扉が静かに閉まったが、その音は彼女の耳に届くことはなかった。
「何って。かおりんの部屋を見せてもらって、まだホームセンターが開いてたから急いで必要な材料買って、クロスの張り替えしてたんだけど」
「どうして夜遅くに!? だって、そんなのお店の定休日にだってできるじゃない!! こ、んな……夜中までとか」
制御が効かない。こんな廊下で大声を出せば義昭が起きてしまうかもしれないと分かっているのに、口が勝手に動いてしまう。感情が先走ってしまう。
類がフゥと静かに息を吐いた。
「あのさぁ、壁にあんな落書きされてたら気持ち悪いし、すぐにでも消したいでしょ。それに、かおりんは早く引っ越したくて色々物件をあたってるって言ってたからさ、できるところまでやってあげた方がいいと思ったんだよ」
「そ、そっか……」
もし自分が香織の立場なら、確かにそうだ。あんな落書きと一緒に生活するなんて、1日でも嫌だ。
黙り込んだ美羽に、類が意地悪く目を細め、口角を歪めた。
「ねぇ……
なんでミューは、そんなに気にしてるの?」
「それ、は……」
けれど、それ以上は口に出せない。
「嫉妬、してるんだ?」
「ち、違っっ!!」
類に自分の心を見透かされ、美羽は強く否定した。
「職場の大事な同僚がトラブルにあったのを助けるのは当然でしょ。それに、かおりんはミューにとって大事な友達でもあるんだから、僕も大事にしたいんだ」
分かってる。分かってるよ。
けど……
「だったら……どうして、かおりんばかり優しくするの?」
かおりんじゃなく、私に優しくして……
ーー類の罠に、まんまと嵌っている。
その自覚はあるのに、言わずにいられなかった。
類に、優しい言葉を、愛を感じる言葉をかけてもらいたくて必死だった。心からの叫びを抑えきれなかった。
類の猫目が妖艶な輝きを放ち、美羽を見つめた。
「なに? ミューは、僕に優しくして欲しいの? 他の女の子に優しくして欲しくないの?」
私、だけを見て。私、だけに優しくして。
私、だけを……愛して。
心の叫びが、胸の中で大きくこだまする。
だめ、抑えなきゃ。
類に、聞かれないようにしなくちゃ。
「そ、そんなんじゃ……ない」
素直に答えられない美羽に、類は短く息を吐いた。
「あっそ」
彼の呆れたような返事に絶望しながら、こんな風に自分を翻弄し、狡猾な罠を仕掛けてくる類に怒りも湧き上がってくる。
「類こそ! 私に嫉妬して欲しくて、振り返ってもらいたくて、わざとそんな態度とってるくせに!!
分かってるんだよ! 類が、お母さんのいる教団にオカダさんを忍び込ませてスパイさせてること。何か、企んでること。
それは全て、私を手に入れるためなんでしょう!?」
だが、類は『オカダ』という名前を聞いてもピクリとも反応しなかった。
「オカダ? 誰、それ?」
「ッッとぼけないでっっ!! オカダリョウジ。彼がお神酒の毒でフラフラになってた私に、解毒剤をくれた。類の従者だって、話してた。
いったい、類はなんの目的で彼をスパイとしてお母さんのいる教団施設に潜り込ませたの!?
あのお神酒は……類の指示で、入れられたの!?」
必死の形相で美羽は類に迫ったが、些かの動揺も見せない。
「いったいなんの話? 僕はオカダリョウジなんて人、会ったことも名前も聞いたこともないよ。なんで僕が、そんな知りもしないオカダって人をスパイとして送り込めるわけ?
ま、あの人がどうなろうと僕の知ったことじゃないけどね」
希望が断ち切られ、美羽は膝を折ってガックリと項垂れた。
類に聞けば、全ての謎が明かされるものだと思っていた。類にはぐらかされるなんて、思いもしなかった。
「どう、して……本当のことを、話してくれないの?」
悲嘆にくれた声で美羽が呟くと、類の肩が小さく震えた。
「ッ……よくそんなこと、僕に言えるよね。ミューはいつだって、ほんとのことを僕に話さないくせに」
美羽がハッと顔を上げると、類の傷付いた表情が一瞬見えたが、背を向けられてしまった。
「じゃ、明日も仕事だからもう寝るね。ミューも寝不足は肌に悪いよ。おやすみ」
類が立ち去り、静かに階段を下りていく。
美羽にはもうこれ以上、彼を引き止める理由が見つからなかった。
突然オカダさんの名前を告げたにもかかわらず、類は動揺しなかった。いつも嘘をつく時に見せる癖も、出なかった。
それは、私が聞くであろうことを予測していたからなの?
絶対に、類はオカダさんと結びつきがあるはずなのに……それを繋ぐ糸が、見つからない。
オカダリョウジの名前さえ出せば、類を陥落させられると思っていたのに、香織を利用して美羽を嫉妬させようとしていたことも、母への企みの真相も暴くことが出来なかった。
類の傷ついた表情を思い出してチクリと胸が痛んだが、だからといってこのまま闇に葬り去ることもできない。自分が何もしなくても、隼斗が真実を探り当てようと危険な目に遭ってしまうかもしれない。それだけは、避けなくては。
こうなったら……なんとかして、探り当てるしかない。
腕を震わせる美羽の背後で扉が静かに閉まったが、その音は彼女の耳に届くことはなかった。
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