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327.香織の心変わり
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今日は、類とかおりんが先に休憩入ったんだっけ。
そう思いながら、美羽はランチの載ったトレイを手に、控室の扉に手を掛けた。
「お疲れ様です」
扉を開けると、ふたりが隣同士で座って躰を寄せ合い、こそこそと話をしている。美羽にハッと気づいた香織が、笑顔を見せた。
「美羽、お疲れー!」
「お、お疲れ様……」
なん、なの……
美羽の心にサッと影がさす。香織と不倫相手である藤岡の妻との事件を解決して以来、類と香織との距離はどんどん近づいているように感じていた。
香織が類に恩を感じ、心を開くようになったのはごく自然なことなのかもしれない。だが、これが類の計画なら、香織は類にいいように利用されているだけなのだ。
そして、これは香織との仲を自分に嫉妬させるために仕掛けられた罠だと分かっているのに、動揺してしまう。どうしても、平静でいられない。
美羽は気まずく思いながらも向かいの席にトレイを置き、座った。それと入れ替わるようにして、類が立ち上がる。
「ミュー、お疲れ様。ゆっくり休憩してね。じゃ、僕は戻るから」
類は美羽に微笑むと、トレイを手に立ち去った。
そ、んな……あと15分は休憩ある予定じゃなかった?
悶々とした気持ちを抱えつつも、美羽は勇気を出して香織に切り出した。
「ねぇ……今、ふたりで何の話をしてたの?」
かおりんなら、なんでも私に話してくれるはず。
そう思ったのに。
「大した話じゃないよっっ」
香織は、笑って誤魔化した。
「それにしてもさ、類くんって凄いよね! 彼、セタンフォード大学出身で、電子工学の勉強してたんでしょ? それで、卒業後はあの有名なマイクロミニッツ社で半導体の研究をしてたなんて。天才じゃない!
英語も堪能だし、スキーもスノーボードも上手いし、今は厨房でも調理の方頑張ってるみたいだし、なにより女の子にも優しいしさ、類くんってハイスペックだよねぇ」
なん、で……かおりんが、私の知らない類の話をするの……
美羽の心がチクチクと針が刺さったように、ささくれ立つ。
「かおりん……藤岡先生のことだって、褒めたことないのに。そんなに類のこと手放しで褒めるなんて」
言ってから、美羽は後悔した。
今の香織にとって、藤岡の話は地雷の筈だ。いくら自分が嫉妬に駆られたからって、こんな意地悪な言い方するべきではなかった。
だが、香織は気にした様子など微塵も見せなかった。
「だよねー。藤岡のこと、最初は余裕のある大人の男性だって思ってたけど、付き合ってみたら優柔不断で頼りなくて自分のことしか考えてないし。
そんな風に感じながらも、好きって気持ちがあったから別れられずにズルズル付き合っちゃって。今にして思うと、意地もあったのかな。
ほんと、若くていい時を無駄にしちゃったわ」
きっぱりと言い放つ香織に、美羽は目を丸くした。
「ぇ。そう、なの……?」
「そうそ! もう藤岡とは、すっぱり切れましたー。
私、奥さんが店に乗り込んできたことや、嫌がらせしてた犯人が奥さんだったことも全部藤岡に話したの。まだあの時は、私……ちょっとだけ期待してたんだよね。それを知ったら、もしかして藤岡が奥さんと別れてくれるかもしれないって。
そしたら藤岡、なんて言ったと思う?
『俺は妻に別れられたら、仕事を失ってしまう。婿養子だから、住むところもなくなる。子供とも離れたくない。お願いだ、別れてくれ!!』
って泣かれてさ。
もう呆れて言葉も出なくて……なんで私、こんな男のこと好きだったんだろうって、一気に気持ちが冷めちゃった。
今は不思議なくらい、清々してるわ」
香織は、言葉と同じくすっきりとした表情をしていた。
香織に嫌がらせをしていた犯人が妻であることが判明し、しかも彼女の職場にまで押しかけて詰め寄っていたことに対し、なんの謝罪も、香織へのいたわりすらない藤岡に対して、怒りと憤りを覚える。
それどころか、自分の立場を守るために香織に別れを切り出すなんて、男として最低だ。
香織の恋心が一瞬にして冷めてしまったのも、仕方のないことなのかもしれない。
けれど、それを素直にそうだと思えない自分がいる。自分の望まぬ方向へと、どんどん物事が流されていっていて、怖くなってくる。
香織はそんな美羽の気持ちに気づかず、話し続けている。
「妻と子供がいる生産性のない不倫なんてさ、時間の無駄でしかないってよく分かったわ。
恋愛するならさ、類くんみたいなハイスペックな人としたいよねー」
香織の言葉に、美羽は口に運ぼうとしていたスプーンを思わず床に落としてしまった。
カランカランカラーン……
乱れた金属音が、耳障りな共鳴を生む。
「かおりん、類のことが好きなの!?」
そう思いながら、美羽はランチの載ったトレイを手に、控室の扉に手を掛けた。
「お疲れ様です」
扉を開けると、ふたりが隣同士で座って躰を寄せ合い、こそこそと話をしている。美羽にハッと気づいた香織が、笑顔を見せた。
「美羽、お疲れー!」
「お、お疲れ様……」
なん、なの……
美羽の心にサッと影がさす。香織と不倫相手である藤岡の妻との事件を解決して以来、類と香織との距離はどんどん近づいているように感じていた。
香織が類に恩を感じ、心を開くようになったのはごく自然なことなのかもしれない。だが、これが類の計画なら、香織は類にいいように利用されているだけなのだ。
そして、これは香織との仲を自分に嫉妬させるために仕掛けられた罠だと分かっているのに、動揺してしまう。どうしても、平静でいられない。
美羽は気まずく思いながらも向かいの席にトレイを置き、座った。それと入れ替わるようにして、類が立ち上がる。
「ミュー、お疲れ様。ゆっくり休憩してね。じゃ、僕は戻るから」
類は美羽に微笑むと、トレイを手に立ち去った。
そ、んな……あと15分は休憩ある予定じゃなかった?
悶々とした気持ちを抱えつつも、美羽は勇気を出して香織に切り出した。
「ねぇ……今、ふたりで何の話をしてたの?」
かおりんなら、なんでも私に話してくれるはず。
そう思ったのに。
「大した話じゃないよっっ」
香織は、笑って誤魔化した。
「それにしてもさ、類くんって凄いよね! 彼、セタンフォード大学出身で、電子工学の勉強してたんでしょ? それで、卒業後はあの有名なマイクロミニッツ社で半導体の研究をしてたなんて。天才じゃない!
英語も堪能だし、スキーもスノーボードも上手いし、今は厨房でも調理の方頑張ってるみたいだし、なにより女の子にも優しいしさ、類くんってハイスペックだよねぇ」
なん、で……かおりんが、私の知らない類の話をするの……
美羽の心がチクチクと針が刺さったように、ささくれ立つ。
「かおりん……藤岡先生のことだって、褒めたことないのに。そんなに類のこと手放しで褒めるなんて」
言ってから、美羽は後悔した。
今の香織にとって、藤岡の話は地雷の筈だ。いくら自分が嫉妬に駆られたからって、こんな意地悪な言い方するべきではなかった。
だが、香織は気にした様子など微塵も見せなかった。
「だよねー。藤岡のこと、最初は余裕のある大人の男性だって思ってたけど、付き合ってみたら優柔不断で頼りなくて自分のことしか考えてないし。
そんな風に感じながらも、好きって気持ちがあったから別れられずにズルズル付き合っちゃって。今にして思うと、意地もあったのかな。
ほんと、若くていい時を無駄にしちゃったわ」
きっぱりと言い放つ香織に、美羽は目を丸くした。
「ぇ。そう、なの……?」
「そうそ! もう藤岡とは、すっぱり切れましたー。
私、奥さんが店に乗り込んできたことや、嫌がらせしてた犯人が奥さんだったことも全部藤岡に話したの。まだあの時は、私……ちょっとだけ期待してたんだよね。それを知ったら、もしかして藤岡が奥さんと別れてくれるかもしれないって。
そしたら藤岡、なんて言ったと思う?
『俺は妻に別れられたら、仕事を失ってしまう。婿養子だから、住むところもなくなる。子供とも離れたくない。お願いだ、別れてくれ!!』
って泣かれてさ。
もう呆れて言葉も出なくて……なんで私、こんな男のこと好きだったんだろうって、一気に気持ちが冷めちゃった。
今は不思議なくらい、清々してるわ」
香織は、言葉と同じくすっきりとした表情をしていた。
香織に嫌がらせをしていた犯人が妻であることが判明し、しかも彼女の職場にまで押しかけて詰め寄っていたことに対し、なんの謝罪も、香織へのいたわりすらない藤岡に対して、怒りと憤りを覚える。
それどころか、自分の立場を守るために香織に別れを切り出すなんて、男として最低だ。
香織の恋心が一瞬にして冷めてしまったのも、仕方のないことなのかもしれない。
けれど、それを素直にそうだと思えない自分がいる。自分の望まぬ方向へと、どんどん物事が流されていっていて、怖くなってくる。
香織はそんな美羽の気持ちに気づかず、話し続けている。
「妻と子供がいる生産性のない不倫なんてさ、時間の無駄でしかないってよく分かったわ。
恋愛するならさ、類くんみたいなハイスペックな人としたいよねー」
香織の言葉に、美羽は口に運ぼうとしていたスプーンを思わず床に落としてしまった。
カランカランカラーン……
乱れた金属音が、耳障りな共鳴を生む。
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