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319.類からの謝罪

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「ごめん、これ旅行中の洗濯物なんだけど、お願いできる?」

 類が、スポーツバッグをボスッと床に落とした。

「うん。自分のだけだと少ないからどうしようってちょうど思ってたとこだったから、良かった」

 私、ちゃんと笑顔になってる? 疲れた顔になってない?

 急に、自分の顔色が、表情が気になって美羽はドギマギした。

「ありがと。じゃ、頼むね」

 ぇ。それ、だけ?

 これだけ長い間離れていたのだ。会えば、類に抱きつかれると思っていた。キスされるかもしれない、もしくはそれ以上のことも……隼斗と同じ部屋で一晩過ごした罰を与えられるかもしれないとまで、考えていた。

 それなのに、類の言動は事務的でそっけないものだった。

 ねぇ、あんなに嫉妬してたのに。怒りで我を忘れてたのに。なんで、何もなかったかのような態度をとってるの?
 私に言いたいことはないの??

 思わず美羽は、立ち去ろうとする背中を引き止めるように声を掛けていた。

「る、類!!」
「何?」

 振り返った類に真正面から見つめられ、鼓動がバクバクと音を立てた。自分から呼び止めておきながら、いざ類に振り返られると戸惑ってしまう。

 何から話したらいいだろう……

 まだ頭が整理されていない中、美羽は口を開いた。

「類。あ、あの……旅行、途中で帰ってきちゃったんだね」
「あぁ、みんなからLINEきてた?」
「う、ん……」

 気まづそうに美羽は答えた。

 あのLINEからでも、彼らが自分たちを普通の姉弟ではないと、不審に思っていることが伝わってきた。

 彼らと直接会って言葉を交わした類は、どんなふうに感じたのだろうか。

 すると、類が手で半分顔を覆い、俯いて肩を震わせた。



「ほんと、僕……バカだった。ごめん、ミュー」




「ぇ?」

 どういう、意味!?

 予想もしていなかった反応に、美羽は驚いたように目を見開いた。類は、俯いたままだ。彼が本心からそう言ったのか、それとも何か企みを抱いているのか窺えない。

「あんな態度したら、みんなに不審に思われるに決まってるよね。僕たちの関係が疑われるよね……ミューに、弟として接するって約束してたはずなのに。
 ごめん……」

 確かにそうだし、類を非難しようとも思っていた。だが、まさか類の口から謝罪の言葉が聞けるとは、思ってもいなかった。

 唖然として言葉を紡げない美羽の前で類が顔を上げ、潤んだ瞳で見つめた。

「ちゃんと、みんなに僕たちが普通の姉弟だってこと、分かってもらえるようにするから。
 ミューに、迷惑かけないようにするから」
「う、うん……」

 類の言葉に頷きながらも、腑に落ちない。何かが、胸の中に引っ掛かっている。


「長居すると、変に思われるかもしれないから。じゃあね」

 美羽が類の真意を汲み取れないまま呆然としてる間に背を向け、類が階段を下りていく。

 美羽は、類の足音が聞こえなくなるまでそれを耳で追った。

『みんなに僕たちが普通の姉弟だってこと、分かってもらえるようにするから』

 先ほどの類の言葉が、耳の奥にこだましている。

 いったい、どういう意味なの?
 どうするつもりなの?

 類に弟として振舞って欲しいーーそう願っていたはずなのに、少しも彼の言葉に安堵を感じない。それどころか、不安という濃い霧が胸の中全体を覆っていく。

 今まで執拗に私を求めていた類が、掌を返したようにそんな態度を取るなんて。

 ねぇ、類。私を取り戻すために、何か企んでいたんじゃないの?
 オカダさんを教団に潜り込ませてまで、私を手に入れようとしていたんじゃないの!?

 きっとそこには、何か裏が……類の策略が糸を引いているはず。そう思えてならない。

 先ほどまで、オカダリョウジのことや教団、そして母への企みを追求するつもりでいたのに、そんな気持ちが類の態度によって吹き飛ばされてしまった。

 美羽は、類が置いていったスポーツバッグを開いた。彼の洋服や下着が詰まっている。

 類の、匂いがする……先ほどは感じられなかった、類の匂いが。

 美羽は類の洋服を取り出すと胸にギュッと抱き締め、溢れ出そうな涙を堪えた。

 分かってる。あの類が、簡単に私を諦めるはずがない。これは、絶対に罠だ。
 罠だと、分かっているのに……そこから抜け出せない。

 類が離れた途端、彼を求めてしまっている。寂しいと思ってしまっている。離れていかないでと、願ってしまっている。

 もう私は既に、甘い毒を含んだ類の罠の糸に絡まれて身動き出来なくなってる……
 お願い。もう私を、これ以上苦しめないで。
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