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305.服従の誓い

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 リョウの心が浮き立ち、高揚する。

 僕の能力を信じ、頼りにした上で、指令してくれる主人。
 これこそ、僕の求めていたこと……相手。

 その主人こそが、ルイなんだ!!

 もう、孤独に襲われることはない。
 僕という存在を認めてくれる人が、ありのままの僕を受け止めてくれる人が、ここにいる。
 
 自分の生まれ持った力を恨むことなく、これからは生きていける。
 この霊力を、彼の為に役立てることが出来る。

 僕は彼に必要としてもらえ、頼りにしてもらえるんだ!!
 あぁ……ようやく。ようやく、出逢えた。

 運命の人、ルイに。

 推測でも、希望的観測でもない。

 紆余曲折して得られた最終的な結果として、リョウは確信をもってそう断言できた。
 これまでの自分の人生は、ルイに出会うためのものだったのだとさえ思えた。

 リョウの魂が高揚し、声が上擦って震える。

「君が僕を理解し、信頼した上で指令してくれることが、僕にとっての喜びなんだ。これは、恋人でも友人の関係でも成り立たない。ましてや、報酬を条件にした依頼主とエージェントの関係なんてもってのほか。主人と従者であるからこそ、成り立つ関係だ。
 君は、僕の霊力を必要としている。僕の能力を、最大限に活かそうとしてくれている。そう、分かるから……

 どうか、僕をずっと君の従者として仕わせてほしい。
 仕わせて……ください」

 リョウは自然とひざまずき、かしずいていた。

 リョウの頭に、ルイの手が置かれた。見上げると、彼の豪奢なオーラが強く眩しく、光り輝いている。顎を上げ、尊大な表情で神々しくルイが告げた。



「フフッ、いいよ。じゃあ今日から君は、僕のことを『ルイ様』と呼んでよ。
 それが、君の望みでしょ?」



 リョウの胸が風船のように一気に膨らみ、ボッと熱くなった。

「はっ……はいっ、ルイ様!!」

 勢いよく返事をしたリョウに、ルイは完璧な笑みを浮かべると、彼の顔を覗き込み、ウインクした。

「だったら、主人と従者の誓いをしなくちゃね」
 
 主人と、従者の誓い……

 その言葉にリョウの胸が高鳴り、鼓膜にまでドクドクと響く。

「そうだ、まだ君の名前を聞いてなかったね。名前は?」
「僕の名前は……」
「待って!」

 言いかけたリョウの目の前に、ルイの人差し指が突き出される。リョウは開いた口を一気に閉じた。緊張で全身が硬直する。

「君が僕に、呼んで欲しい名前を教えてよ」

 呼んで欲しい、名前……

 少し考えてから、答えた。

「リョウ、でお願いします」

 それは、誰にも呼ばれたことのない呼び方。ルイにだけの、特別な呼ばれ方だった。

「じゃ、リョウ。掌を出して」

 ルイに言われ、リョウは素直に右の掌を出した。ルイもまた右の掌を出し、左手をポケットに入れてナイフを取り出し、親指にスッと当てる。

「ッッなに、を!?」

 驚愕するリョウの掌の上に、ルイの親指から流れた血がポタリと落ちる。

「さぁ、これを啜って」

 美しい笑みを浮かべて告げるルイに、全身の血液が凍りついた。

 ッッ狂気、染みている……

 そう思うのに、ルイの命令に逆らえない。凍りついた血液が、今度はフツフツと熱くなり、滾っていく。

 やはり自分は、この人の従者となりたい。狂おしいほどに熱望しているのだと、細胞で感じた。

 リョウは恐る恐る掌に唇を寄せ、ルイの血を啜った。甘美な、味がした。

「フフッ。これで僕たちの関係は、永遠になったね」

 ルイの言葉に興奮を覚えつつも、『永遠』という言葉を聞き、リョウは急に不安に襲われた。

「ルイ、様。僕はあなたの従者です。どんな命令にも喜んで従います。
 けれ、ど……お願いです。どうか、僕には出来るだけ近づかないでください。僕と、距離を置いてください」

 ルイは、分かっているというように頷いた。

「あぁ、君の霊力を他に知られたくないために、目立ちたくないんでしょ? だから、大学構内では接触しないように気をつけるよ」
「それだけでは、なくて……」

 リョウは苦しそうに息を吸い込んだ。

「ルイ、様は……感受性が豊かで、霊力を受け取りやすい気質を持っています。です、から……僕といると、余計な霊力を受け取って、見たくないものまで見えてしまう可能性があるんです。もしかしたら、もっと別の霊力までついてしまうかもしれない」

 言ってから、リョウは後悔した。

 せっかく、ルイ様の従者にしてもらったというのに。この契約が破棄されるかもしれない。
 それだけでなく、近づけたと思ったルイ様が、今度は自分を避けるようになるかかもしれない……渉の時のように。

 涙が瞳の奥からグワッと滲み出そうになり、リョウは拳を握って瞳に力を込めて抑え込んだ。

「ハハッ、それいいね!」

 快活な笑い声が、静かなビル内にこだました。

「どんな霊力がつくのか、楽しみだよ。
 そしたら、リョウ。君がその扱いを教えてくれるんでしょ?」
「は、はいっっ! その通りです!!」

 なんて、人だ……

 信じられない思いでリョウが答える。

「じゃあ、問題ないじゃない。ますますリョウ、君のことを気に入ったよ。
 そうだ、君の親指を出して?」

 言われて素直に右手の親指を出すと、ルイがそれを掴み、ナイフを当てた。

「ッツ!」

 鋭い痛みが走り、親指から流れ出たリョウの血がルイの掌で受け取られる。

「君の血を飲むことで、僕にも霊力がついたらいいのに」

 今度は、ルイがリョウの血を啜る。美しい吸血鬼に魅入られた被食者のように、リョウの全身がドクンッと脈打った。

 今、リョウは、これまで生きてきた中で最大の興奮を味わっていた。不安だった気持ちが一気に吹き飛ばされていく。フツフツと喜びが心の奥底から湧き上がり、思い切り笑い出したい気持ちに駆られた。




 あぁ、僕は……心の奥底で待ち焦がれていた運命の人にようやく出会えた!
 なんて素晴らしいんだ!!


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