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304.リョウが望む関係

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 リョウはショックを受け、唇を噛みしめた。

 分かってる。
 ルイと自分とじゃ、友人として見合わないこと。自分がとんでもない勘違い、思い上がりをしていたと、恥ずかしくなった。

 けれどなぜか、恨む気持ちになれない。当然なのだと受け止めてしまう。
 それほどにルイは、この世のものとは思えない美しさと残酷さを持ちあわせていた。

 落胆するリョウに、ルイはにっこりと微笑んだ。

「ねぇ、僕のことを依頼主だと思ってよ。
 そして、君は僕の依頼を受けるエージェントだ。その信頼関係は、友人より厚く、決して秘密は漏らさない。どう?

 友人なんてさ、すぐに裏切ったり裏切られたり。心の中で何を思ってるかなんて分からない。
 でもさ、報酬を条件に交わした契約ってのは友情よりも信頼ができるものだって、僕は思うよ」

 リョウは目を丸くした。予想だにしていなかった言葉だ。だが、彼の話には説得力を感じた。

「報酬はいくら払おうか?
 君の言い値に任せるよ。もし高額過ぎるなら、払い終わるのに時間はかかるかもしれないけど」

 ルイの提案は、圧倒的にリョウに有利だった。リョウがどれだけ高額な金額を提示しようと、この契約は破談になることがない。たとえ現在、ルイに手持ちの金がなくとも将来に渡ってまでの金の保証がされるのだ。

 だが、リョウは首を縦に振らなかった。

「……報酬は、いらない」

  ルイはその言葉を、無料で引き受けてくれるのだと認識した。ルイの周りには、彼の一言で喜んで動く人間が五万といるからだ。

「でもそれじゃ、君はタダ働きすることになるよ?
 これは、簡単な依頼じゃないし、もしかしたら長年に渡って君に働いてもらうことになるかもしれないんだ」
「僕はっっ、君のエージェントになるつもりはない!」

 真っ赤に顔を歪めて拒絶するリョウに、ルイが眉根を寄せる。

「じゃあ……いくら報酬をもらっても、やる気はないってこと?」

 リョウの背筋が氷水を浴びたように冷たくなり、ゴクリと生唾を呑み込んだ。

 リョウはカラカラに乾いた喉から絞り出すように、声を出した。

「そうじゃ、ない……」

 ルイを見つめていると、感情が昂り過ぎて泣きそうになる。



「僕を……どうか、君の従者にして欲しい。一生に渡って君の右腕となる、従者に。 
 望む時には、いつでも僕を使って欲しい。どんなことでも、どんな場所でも、どんな時にも、僕は……君のために、仕えるから」



 言いながら、リョウ自身がその発言に驚愕していた。まるで幽体離脱し、喋っている自分を上から見下ろしているような気分だった。

 なに、を……言ってるんだ、僕は!?
 これが、僕の本心なのか?! 望んでいること、なのか!?

 ルイはリョウの言葉に一瞬目を見張り、それから、猫目の瞳の色を深くして妖艶に微笑んだ。

「じゃあ僕は、君にとって主人マスターってこと?」

 主人マスターという響きに、リョウの胸がドキドキと高鳴っていく。

「ま、マスター……」

 そっと呟くと、トクンと胸が甘く疼いた。

 そんなリョウの心を見透かしたかのように、ルイが釘を刺す。

「僕が愛してるのはミューだけだよ。何があっても、一生ミュー以外の誰も愛することは出来ない。
 僕は君の主人マスターにはなれるけど、恋人にはなれない。分かってるね?」

 その言葉を受け、リョウは自分の胸に問うた。
 この気持ちが、一体なんなのか。

 確かにルイは魅力的な容姿をしており、強大で絶対的なオーラを持ち、それにリョウは強烈に惹かれていた。

 だが、ルイとキスをしたいか、セックスをしたいかと問われれば……その答えは、ノーだった。

 リョウにとって、ルイは偉大過ぎる。
 恐れ多すぎる存在なのだ。

 そう気づき、ハッとした。

 リョウがルイに望んでいるのは、恋人という隣に並ぶ豪奢な椅子ではなく、彼が座る玉座に敷かれた絨毯にひざまずき、かしずくことだ。

 些細なことをきっかけに心が揺らいでしまい、今までの濃密な関係が嘘だったかのように他人になってしまう恋人よりも。
 ずっと一緒にいられると信じていたのに、恋人ができたり、環境が変化してしまうことで簡単に疎遠になってしまう友人よりも。
 報酬という金によって築かれた信頼という、一時的で無機質な関係でしかないエージェントよりも。



 揺るぎない強固な絆で、精神的に結ばれている。
ーーそれが、主人と従者の関係だ。

 

 主人は、従者が彼の命令に背き、機嫌を損ねることがない限り、ずっと傍においてくれる。従者が主人の指令をこなし、我が身の命をかけて尽くせば尽くすほどに主人は全幅の信頼をおき、誰にも話すことのない重大な秘密さえも共有してくれる。

 それは、お金では決して得ることのできない、精神的な繋がりだからこその深い絆だ。
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