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297.リョウジと類の関係
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『類』という名前にリョウジが反応し、僅かに肩を揺らした。が、冷静な表情へとすぐに戻る。
「余計な詮索はしないこと。これを飲んだら、ただちに部屋に戻ってください」
すっかり存在を忘れられているコップをリョウジが反対側から持ち、ぐいと強引に美羽の口元へと近づける。
だが、美羽はそれを拒否するように顔を逸らした。
「あなたは類の命令でここにきて、潜入してる。その目的を教えてくれたら、飲みます。
あなたにとって、類は絶対的な存在なのでしょう? もしあなたが私にこの解毒剤を飲ませられなかったら、困ることになるんじゃないですか」
リョウジの背後に類がついていると確信した途端、美羽はリョウジに強気な態度で迫った。先ほどまでふらふらして倒れそうだった美羽の瞳が鋭く切り替わるのを見て、表情の乏しかったリョウジの目元がふわりと緩む。
「弱い人かと思っていたら……なるほど、双子だ」
その言葉で、類が噛んでいることは決定的となった。
「あの方の目的は、ただひとつ。あなたを手に入れる、それだけですよ。
それは、あなたもご存知でしょう?」
リョウジは類から美羽との事情を聞いてふたりの関係を知っているのであろうとはいえ、はっきりと口にされると居た堪れなくなる。
誰にも打ち明けることのなかった二人の関係を晒してまで、どうして類は、リョウジを自分の仲間に引き入れようとしたのだろうか。
いや、論点はそこではない。類の最終目的が知りたいのではなく、類がリョウジを教団に送り込んだ目的が知りたいのだ。もちろん母絡みであることは分かるが、母と対決するためにどんな策を練っているのか、母自身に危険が及ぶことはないのか、確かめなければ。
類もそうだが、この男もまた、巧みに美羽を行きたい目的とは違う道へと引き入れる術に長けている。
「私が言いたいのは……」
美羽の言葉を遮り、リョウジが再び彼女の口を塞ぐ。
「ングッ」
抵抗する間も無く、彼は美羽を抱いたままお手洗いの扉を開けて素早く中へと入った。
ペタッ、ペタッ、ペタッ……
扉の向こうから、リノリウムの廊下に引っ付いては引きずるようなスリッパの音が近づいてくる。
もし、彼らが入ってきたら……
そうなれば、美羽を背中越しに抱きしめているリョウジも見つかってしまう、女子トイレという普通ではない場所で。美羽は、リョウジとの不倫関係を疑われることになるだろう。しかも、コップに入っているのが解毒剤で、彼が与えたものだと判明すれば、リョウジは幹部どころかこの教団すら追い出されてしまうかもしれない。
そんな妄想をしているうちに、スリッパの音は止まることなく遠ざかっていった。
ほぉ……と、大きく息を吐き切る美羽の顔に、リョウジが迫った。
「分かったでしょう? 取引やゲームをしている場合じゃないんです。これは、命を賭けた潜入なんです。
他の信者に見つからないうちに、さぁ、早く!」
その真剣な眼差しに急かされ、美羽はグイッとコップの水を飲み干した。だが、それでも聞かずにはいられない。
「解毒剤って、いったいお神酒には何が入っていたんですか。今までのとは、明らかに違った……
教団で、何が起こってるんですか!? あなたは何か、知っているんでしょう? 教えてください!!」
美羽は精一杯声をひそめながらも、疑問をリョウジにぶつけた。
「知らない方が幸せなこともあります。戻りましょう」
背を向けたリョウジの腕を、美羽が引っ張る。
「教えてくれないなら……あなたが、教団のスパイだと話します」
リョウジは驚いたように振り向いた。美羽の瞳が揺れているのを認め、リョウジが口角を歪ませる。
「教団の幹部である僕と、出家信者の家族にすぎないあなたと、どちらが信憑性があると教祖は判断するでしょうね」
「やってみないと分かりません! あなたは、入信して僅かの間に幹部になった。きっと、不審に思っている人や嫉妬している幹部もいるはずです!」
美羽は、教団の謎を少しでも探りたいと必死だった。リョウジを密告するつもりなどないが、賭けに出たのだ。
リョウジにはもう、動揺の片鱗すら見られない。
「したいのなら、お好きにどうぞ。でもこれは、自分の首を絞める行為になることをお忘れなく。
もし僕が教団のスパイだとあなたが密告すれば、その糸の先にルイ様がいることが暴かれ、あなたがた母親に知られる危険性を孕んでいることも」
美羽は息を呑んだ。
母に類のことを知られる。
それだけは、絶対に避けなければいけないことだ。
青褪めた美羽に、リョウジは少し柔らかい口調を向けた。
「僕はどんな危険をも、ルイ様の為なら厭わない。
それはつまり、美羽さん。あなたを守る為でもあるのですよ」
リョウジの手が美羽の背中にそっと触れる。
「さぁ、部屋へ案内します。分かっているとは思いますが、このことは他言無用ですよ」
コクンと素直に頷いてから、美羽がリョウジを見上げる。
「じゃあ、お願い! ひとつ、だけ……教えて。
あなたにとって、類はいったいなんなの? どうしてこんな危険を冒してまで、潜入しているの?」
リョウジの瞳が黒曜石のようにキラリと光った。
「あの方は……生きる指標のなかった僕に使命を与えてくれた、主人です。彼の従者になってから、僕は生まれて初めて生きる喜びを感じているのです」
リョウジの返事に、美羽の背筋がゾクゾクと震える。こんな風に人を支配してしまえる類の恐ろしさに、偉大さに、恐怖と羨望と憧憬が湧き上がる。
けれど類……あなたは彼を大切になんて思っていない。だってあなたが関心あるのは、自分と私のことだけ。彼が危険を冒そうと、怪我をしようと……命を落とすことがあってさえも、気になど留めない。
私が愛したのは、そういう人。
そして……そんな彼を、愛しいと感じてしまう。
小さく肩を震わせた美羽を、リョウジは再び大部屋へと連れ戻した。
「余計な詮索はしないこと。これを飲んだら、ただちに部屋に戻ってください」
すっかり存在を忘れられているコップをリョウジが反対側から持ち、ぐいと強引に美羽の口元へと近づける。
だが、美羽はそれを拒否するように顔を逸らした。
「あなたは類の命令でここにきて、潜入してる。その目的を教えてくれたら、飲みます。
あなたにとって、類は絶対的な存在なのでしょう? もしあなたが私にこの解毒剤を飲ませられなかったら、困ることになるんじゃないですか」
リョウジの背後に類がついていると確信した途端、美羽はリョウジに強気な態度で迫った。先ほどまでふらふらして倒れそうだった美羽の瞳が鋭く切り替わるのを見て、表情の乏しかったリョウジの目元がふわりと緩む。
「弱い人かと思っていたら……なるほど、双子だ」
その言葉で、類が噛んでいることは決定的となった。
「あの方の目的は、ただひとつ。あなたを手に入れる、それだけですよ。
それは、あなたもご存知でしょう?」
リョウジは類から美羽との事情を聞いてふたりの関係を知っているのであろうとはいえ、はっきりと口にされると居た堪れなくなる。
誰にも打ち明けることのなかった二人の関係を晒してまで、どうして類は、リョウジを自分の仲間に引き入れようとしたのだろうか。
いや、論点はそこではない。類の最終目的が知りたいのではなく、類がリョウジを教団に送り込んだ目的が知りたいのだ。もちろん母絡みであることは分かるが、母と対決するためにどんな策を練っているのか、母自身に危険が及ぶことはないのか、確かめなければ。
類もそうだが、この男もまた、巧みに美羽を行きたい目的とは違う道へと引き入れる術に長けている。
「私が言いたいのは……」
美羽の言葉を遮り、リョウジが再び彼女の口を塞ぐ。
「ングッ」
抵抗する間も無く、彼は美羽を抱いたままお手洗いの扉を開けて素早く中へと入った。
ペタッ、ペタッ、ペタッ……
扉の向こうから、リノリウムの廊下に引っ付いては引きずるようなスリッパの音が近づいてくる。
もし、彼らが入ってきたら……
そうなれば、美羽を背中越しに抱きしめているリョウジも見つかってしまう、女子トイレという普通ではない場所で。美羽は、リョウジとの不倫関係を疑われることになるだろう。しかも、コップに入っているのが解毒剤で、彼が与えたものだと判明すれば、リョウジは幹部どころかこの教団すら追い出されてしまうかもしれない。
そんな妄想をしているうちに、スリッパの音は止まることなく遠ざかっていった。
ほぉ……と、大きく息を吐き切る美羽の顔に、リョウジが迫った。
「分かったでしょう? 取引やゲームをしている場合じゃないんです。これは、命を賭けた潜入なんです。
他の信者に見つからないうちに、さぁ、早く!」
その真剣な眼差しに急かされ、美羽はグイッとコップの水を飲み干した。だが、それでも聞かずにはいられない。
「解毒剤って、いったいお神酒には何が入っていたんですか。今までのとは、明らかに違った……
教団で、何が起こってるんですか!? あなたは何か、知っているんでしょう? 教えてください!!」
美羽は精一杯声をひそめながらも、疑問をリョウジにぶつけた。
「知らない方が幸せなこともあります。戻りましょう」
背を向けたリョウジの腕を、美羽が引っ張る。
「教えてくれないなら……あなたが、教団のスパイだと話します」
リョウジは驚いたように振り向いた。美羽の瞳が揺れているのを認め、リョウジが口角を歪ませる。
「教団の幹部である僕と、出家信者の家族にすぎないあなたと、どちらが信憑性があると教祖は判断するでしょうね」
「やってみないと分かりません! あなたは、入信して僅かの間に幹部になった。きっと、不審に思っている人や嫉妬している幹部もいるはずです!」
美羽は、教団の謎を少しでも探りたいと必死だった。リョウジを密告するつもりなどないが、賭けに出たのだ。
リョウジにはもう、動揺の片鱗すら見られない。
「したいのなら、お好きにどうぞ。でもこれは、自分の首を絞める行為になることをお忘れなく。
もし僕が教団のスパイだとあなたが密告すれば、その糸の先にルイ様がいることが暴かれ、あなたがた母親に知られる危険性を孕んでいることも」
美羽は息を呑んだ。
母に類のことを知られる。
それだけは、絶対に避けなければいけないことだ。
青褪めた美羽に、リョウジは少し柔らかい口調を向けた。
「僕はどんな危険をも、ルイ様の為なら厭わない。
それはつまり、美羽さん。あなたを守る為でもあるのですよ」
リョウジの手が美羽の背中にそっと触れる。
「さぁ、部屋へ案内します。分かっているとは思いますが、このことは他言無用ですよ」
コクンと素直に頷いてから、美羽がリョウジを見上げる。
「じゃあ、お願い! ひとつ、だけ……教えて。
あなたにとって、類はいったいなんなの? どうしてこんな危険を冒してまで、潜入しているの?」
リョウジの瞳が黒曜石のようにキラリと光った。
「あの方は……生きる指標のなかった僕に使命を与えてくれた、主人です。彼の従者になってから、僕は生まれて初めて生きる喜びを感じているのです」
リョウジの返事に、美羽の背筋がゾクゾクと震える。こんな風に人を支配してしまえる類の恐ろしさに、偉大さに、恐怖と羨望と憧憬が湧き上がる。
けれど類……あなたは彼を大切になんて思っていない。だってあなたが関心あるのは、自分と私のことだけ。彼が危険を冒そうと、怪我をしようと……命を落とすことがあってさえも、気になど留めない。
私が愛したのは、そういう人。
そして……そんな彼を、愛しいと感じてしまう。
小さく肩を震わせた美羽を、リョウジは再び大部屋へと連れ戻した。
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