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296.リョウジの目的
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扉をパタンと閉めると、リョウジは美羽を力強く立たせた。
「歩けますか?」
「は、はい……」
まだ気持ち悪さと吐き気は残っているものの、混乱した頭にグルグルとさまざまな疑問が浮かんでは消えていく。
彼がここにいたのは、偶然なの?
どうして私を、連れ出してくれたの?
彼の目的は、いったいなんなの……??
考えていると、頭がキリキリと痛む。目がチカチカし、廊下が波を打つようにユラユラと揺れていた。
監視係に話した通り、リョウジは美羽をお手洗へと案内し、外で待っていると告げた。
彼の目的はなんなのか……など、今は構っていられない。一刻も早くトイレに入らなくては。
ふらふらと個室に入り、便座の蓋を開け、下を向こうとするが、体を支えられない。
便座を抱えるようにして座り込むと、指を喉の奥まで突っ込み、無理やり嘔吐した。生理的な涙がポロポロと零れ、苦しさで咳が出る。
「ゴホッ、ゴホッ……ウグッ、ヴヴッ……オェェ」
だが、嘔吐したことで、躰だけでなく気持ちまで解放された気がした。
手を壁につき、まだ安定しない体を支えてゆっくりと立ち上がり、洗面所に行き、蛇口を強く捻る。勢いよくジャージャーと流れる蛇口の下に口を持っていき、口の中を洗浄する。水が作務衣にまで飛び散ったが、頭まで洗って毒気を全て流したい気分だった。
何度もうがいして吐き切ると、口の中が冷たさでジンジンと切れるように痺れた。
ようやくお手洗いから出ると、リョウジがコップを手に立っている。
今まで遠目からしか見たことがなかった美羽は、ここで初めて彼の顔を間近に見た。
自分も類も日本人の割に肌が白い方だが、彼の肌は躰の線が細いこともあって、病的な白さに感じる。アシンメトリーな長く重い前髪と極太の黒縁眼鏡によって隠されていた彼の瞳をようやくレンズ越しに見つめた時、美羽は既視感を覚えた。
日本人の瞳の色は黒だと言われているが、正確にいえば殆どの日本人の瞳の色はダークブラウンだ。虹彩の色が見分けがつかないほどの黒みをもつ瞳を持つ者は、非常に稀だ。
だが、リョウジの瞳はブラックホールのように吸い込まれそうな深い黒色をしていた。
こんな印象的な瞳の色。
どこかで会ったなら、絶対に覚えているはずなのに……
けれど思い出そうとすると、砂嵐がかかったように記憶が遮られてしまう。
もう一度リョウジの瞳を見つめ込もうとすると目を逸らされ、コップを渡された。
「これを、飲んでください」
美羽は小さく肩を揺らしてコップを手に取ると、再びリョウジを見上げた。視線は合わないままだ。
コップの水をじっと見つめる。普通の水ではない。溶けきれなかった白い粉が、少し浮いている。
先ほどのお神酒の味が、舌に蘇ってくる。
この人を信用していいのか、分からない。
幸福阿吽教の幹部でもあるし、もしかしたら先ほどよりも酷いものが入っているかもしれない。
警戒してコップを口にしない美羽にリョウジが小さく息を吐く。それから、彼女の耳元に素早く唇を寄せた。
「解毒剤です。楽になりますから」
「ッッ!! あなたは、いったい……!?」
解毒剤ということは、やはりお神酒の中にはなんらかの毒が含まれていたことになる。それを信者に与えていたことに驚愕しながら、まだリョウジを疑う気持ちも晴れていなかった。
声を出しかけた美羽の口が、リョウジの大きな手で塞がれた。周りを窺い、それから声を潜める。
「詮索しないでください。あなたの身に、危険が降りかかる」
でも、どうして……
そう言いかけて、美羽はハッとした。リョウジの手を思い切り振り払い、精一杯の小さな声で問いかけた。
「類!! 類、なのね……?
あなたは類に言われて、ここにいるんでしょう!?」
そうでなければ、私を助けようとしたりしない。
類は、お母さんが宗教にハマり、この施設にいることを知っていたんだ!
そして、私がお正月にここに来ることも知っていた……
類はいったい、何を目的に彼を教団に潜り込ませて幹部にさせたの!?
どうするつもりなの!?
「歩けますか?」
「は、はい……」
まだ気持ち悪さと吐き気は残っているものの、混乱した頭にグルグルとさまざまな疑問が浮かんでは消えていく。
彼がここにいたのは、偶然なの?
どうして私を、連れ出してくれたの?
彼の目的は、いったいなんなの……??
考えていると、頭がキリキリと痛む。目がチカチカし、廊下が波を打つようにユラユラと揺れていた。
監視係に話した通り、リョウジは美羽をお手洗へと案内し、外で待っていると告げた。
彼の目的はなんなのか……など、今は構っていられない。一刻も早くトイレに入らなくては。
ふらふらと個室に入り、便座の蓋を開け、下を向こうとするが、体を支えられない。
便座を抱えるようにして座り込むと、指を喉の奥まで突っ込み、無理やり嘔吐した。生理的な涙がポロポロと零れ、苦しさで咳が出る。
「ゴホッ、ゴホッ……ウグッ、ヴヴッ……オェェ」
だが、嘔吐したことで、躰だけでなく気持ちまで解放された気がした。
手を壁につき、まだ安定しない体を支えてゆっくりと立ち上がり、洗面所に行き、蛇口を強く捻る。勢いよくジャージャーと流れる蛇口の下に口を持っていき、口の中を洗浄する。水が作務衣にまで飛び散ったが、頭まで洗って毒気を全て流したい気分だった。
何度もうがいして吐き切ると、口の中が冷たさでジンジンと切れるように痺れた。
ようやくお手洗いから出ると、リョウジがコップを手に立っている。
今まで遠目からしか見たことがなかった美羽は、ここで初めて彼の顔を間近に見た。
自分も類も日本人の割に肌が白い方だが、彼の肌は躰の線が細いこともあって、病的な白さに感じる。アシンメトリーな長く重い前髪と極太の黒縁眼鏡によって隠されていた彼の瞳をようやくレンズ越しに見つめた時、美羽は既視感を覚えた。
日本人の瞳の色は黒だと言われているが、正確にいえば殆どの日本人の瞳の色はダークブラウンだ。虹彩の色が見分けがつかないほどの黒みをもつ瞳を持つ者は、非常に稀だ。
だが、リョウジの瞳はブラックホールのように吸い込まれそうな深い黒色をしていた。
こんな印象的な瞳の色。
どこかで会ったなら、絶対に覚えているはずなのに……
けれど思い出そうとすると、砂嵐がかかったように記憶が遮られてしまう。
もう一度リョウジの瞳を見つめ込もうとすると目を逸らされ、コップを渡された。
「これを、飲んでください」
美羽は小さく肩を揺らしてコップを手に取ると、再びリョウジを見上げた。視線は合わないままだ。
コップの水をじっと見つめる。普通の水ではない。溶けきれなかった白い粉が、少し浮いている。
先ほどのお神酒の味が、舌に蘇ってくる。
この人を信用していいのか、分からない。
幸福阿吽教の幹部でもあるし、もしかしたら先ほどよりも酷いものが入っているかもしれない。
警戒してコップを口にしない美羽にリョウジが小さく息を吐く。それから、彼女の耳元に素早く唇を寄せた。
「解毒剤です。楽になりますから」
「ッッ!! あなたは、いったい……!?」
解毒剤ということは、やはりお神酒の中にはなんらかの毒が含まれていたことになる。それを信者に与えていたことに驚愕しながら、まだリョウジを疑う気持ちも晴れていなかった。
声を出しかけた美羽の口が、リョウジの大きな手で塞がれた。周りを窺い、それから声を潜める。
「詮索しないでください。あなたの身に、危険が降りかかる」
でも、どうして……
そう言いかけて、美羽はハッとした。リョウジの手を思い切り振り払い、精一杯の小さな声で問いかけた。
「類!! 類、なのね……?
あなたは類に言われて、ここにいるんでしょう!?」
そうでなければ、私を助けようとしたりしない。
類は、お母さんが宗教にハマり、この施設にいることを知っていたんだ!
そして、私がお正月にここに来ることも知っていた……
類はいったい、何を目的に彼を教団に潜り込ませて幹部にさせたの!?
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