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294.信者たちの異変
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極度の緊張で冷たくなった手でスタッフに枡を渡すと、美羽を見ることなく次の女性へと枡が手渡される。
美羽は、心の中で安堵の息を吐いた。
スクリーンでは、モデルのようなすらっとした体型の美女が高槻を演じ、多くの信者たちに囲まれて微笑んでいた。
「さぁ皆さん、唱えましょう!
幸福阿吽! 幸福阿吽! 幸福阿吽の唱和こそが、幸福への道なのです!!」
まだこれが映画のほんの序盤であることを知っている美羽は、絶望せずにいられなかった。
あと何時間、この地獄のような密室に閉じ込められていなければならないのだろう。
狂気の世界にいることで、自分自身も狂気に堕ちていくような感覚に心身が蝕まれていく。美羽は意識を集中し、それを必死に振り払った。
激しい眠気から、ガクンガクンと体が揺れる女性が出てきた。夜を徹して行われる『大祈祷祭』では、真夜中を過ぎると毎年見られる光景だが、もうそんな状態の女性が何人もいる。
それに加え、気分が悪くなり、トイレへと駆け込む女性も出てきた。これは、今までになかったことだ。
一体、何が起こっているの……
不安に思っていると、映像の音をかき消すぐらいの嗚咽が部屋中に響いた。
「ヴッ、ヴッ、ウゲェェッ……ゲホッ、ゲホッ」
お手洗いはこの部屋のすぐ隣に2室備えられているが、声はそこからではなかった。同時に、酸っぱい臭いがムワァッと漂ってくる。
一人の女性がトイレに行くまで耐えきれず、そのまま床へ吐いてしまったのだ。
美羽はそんな中、自分だけがこの中で浮いてしまわないよう眠気を堪える仕草をしながら正気を保とうとした。
やがて、偽装しているうちに、本物の眠気が訪れた。美羽の瞼が次第に重くなり、必死に開けようとするものの、その開閉のスピードが遅くなり、閉じたまま固定されて開かなくなる。
美羽の意識が、現実から夢の世界へと急激に誘われていく。
「何してるの、起きなさい!」
スタッフに激しく揺り起こされ、一気に現実へと引き戻された。だからといいって完全に目が覚めたわけではなく、眠気は依然として美羽の意識を支配している。
眠気と戦わされるのは、食べ物を与えられないよりも、冷水をかけられるよりも、罵声を浴びせられるよりも辛い修行だ。これがもし、自然な眠気ではなく、なんらかの力によって起こったものであれば、それはもっと辛いだろう。
「フッ……ククッ……アハハハハハハ!!」
突然、隣にいた女性が大声で笑い出した。
美羽はビクッとして思わず彼女の顔を見つめた。目はとろんとしているのになぜかギラギラし、肩や首がふらふらと頼りなく揺れている。
「アハァ……感じるぅ。感じるわー。ピリピリしてるぅぅぅ!!
アハハハハハハ……」
それを聞いたスタッフの1人が微笑み、皆に向かって大声を上げる。
「これが、高槻先生のお神酒のパワーなのです!! 皆さんは、先生の特別な力を分けて頂いているのです!!
あなたたちのオーラの力が、先生によって今、高められています!!」
一点の曇りもない自信に満ちた彼女の言葉に、美羽は恐ろしさを覚える。
高槻の語り声がスクリーンから響く。
「私は、この不思議で特別な力を自分のものだけではなく、家族であるみなさんのために役立てたい。
全ての人が幸せになること。
それこそが、私、そして幸福阿吽教の願いであり、為すべき使命なのです!!」
完全に寝落ちた女性を2人のスタッフが背後から支え、その正面に立つもう一人の女性が頬を叩き、無理やり枡を彼女の口へと傾ける。
「ほら、起きなさい! 高槻先生の尊い話に耳を傾けるのです!
さぁ、お神酒を飲んで!!」
時間が経てば経つほどに、お神酒を飲んでいないスタッフも眠気で意識が朦朧とし、ストレスが溜まっていく。その捌け口は自然とここに集められた通いの信者と出家信者の家族たちへと向けられる。
「もうっ、ここで吐かないでよ! 誰が掃除すると思ってんの!!」
言葉遣いが乱暴になり、背中に蹴りが入った。
密室空間となっている大部屋に饐えた臭気が漂い、それが更なる吐き気を産み出す。気分が悪くなるのは、そのせいだけではない。
「アハハハハハ、楽しいぃぃぃっっ!!」
「あぁ、高槻先生!! 先生が、ここに、ここにぃぃぃいらっしゃるぅぅ」
「見え、見える……みんなの、オーラがぁぁ!! あぁっ、凄い! 凄い、奇跡だわぁ!!」
狂気の世界が、そこには広がっていた。
トリップした女性たちは興奮と多幸感に爛々と瞳を輝かせるが、美羽にとっては阿鼻叫喚でしかなかった。
美羽は、心の中で安堵の息を吐いた。
スクリーンでは、モデルのようなすらっとした体型の美女が高槻を演じ、多くの信者たちに囲まれて微笑んでいた。
「さぁ皆さん、唱えましょう!
幸福阿吽! 幸福阿吽! 幸福阿吽の唱和こそが、幸福への道なのです!!」
まだこれが映画のほんの序盤であることを知っている美羽は、絶望せずにいられなかった。
あと何時間、この地獄のような密室に閉じ込められていなければならないのだろう。
狂気の世界にいることで、自分自身も狂気に堕ちていくような感覚に心身が蝕まれていく。美羽は意識を集中し、それを必死に振り払った。
激しい眠気から、ガクンガクンと体が揺れる女性が出てきた。夜を徹して行われる『大祈祷祭』では、真夜中を過ぎると毎年見られる光景だが、もうそんな状態の女性が何人もいる。
それに加え、気分が悪くなり、トイレへと駆け込む女性も出てきた。これは、今までになかったことだ。
一体、何が起こっているの……
不安に思っていると、映像の音をかき消すぐらいの嗚咽が部屋中に響いた。
「ヴッ、ヴッ、ウゲェェッ……ゲホッ、ゲホッ」
お手洗いはこの部屋のすぐ隣に2室備えられているが、声はそこからではなかった。同時に、酸っぱい臭いがムワァッと漂ってくる。
一人の女性がトイレに行くまで耐えきれず、そのまま床へ吐いてしまったのだ。
美羽はそんな中、自分だけがこの中で浮いてしまわないよう眠気を堪える仕草をしながら正気を保とうとした。
やがて、偽装しているうちに、本物の眠気が訪れた。美羽の瞼が次第に重くなり、必死に開けようとするものの、その開閉のスピードが遅くなり、閉じたまま固定されて開かなくなる。
美羽の意識が、現実から夢の世界へと急激に誘われていく。
「何してるの、起きなさい!」
スタッフに激しく揺り起こされ、一気に現実へと引き戻された。だからといいって完全に目が覚めたわけではなく、眠気は依然として美羽の意識を支配している。
眠気と戦わされるのは、食べ物を与えられないよりも、冷水をかけられるよりも、罵声を浴びせられるよりも辛い修行だ。これがもし、自然な眠気ではなく、なんらかの力によって起こったものであれば、それはもっと辛いだろう。
「フッ……ククッ……アハハハハハハ!!」
突然、隣にいた女性が大声で笑い出した。
美羽はビクッとして思わず彼女の顔を見つめた。目はとろんとしているのになぜかギラギラし、肩や首がふらふらと頼りなく揺れている。
「アハァ……感じるぅ。感じるわー。ピリピリしてるぅぅぅ!!
アハハハハハハ……」
それを聞いたスタッフの1人が微笑み、皆に向かって大声を上げる。
「これが、高槻先生のお神酒のパワーなのです!! 皆さんは、先生の特別な力を分けて頂いているのです!!
あなたたちのオーラの力が、先生によって今、高められています!!」
一点の曇りもない自信に満ちた彼女の言葉に、美羽は恐ろしさを覚える。
高槻の語り声がスクリーンから響く。
「私は、この不思議で特別な力を自分のものだけではなく、家族であるみなさんのために役立てたい。
全ての人が幸せになること。
それこそが、私、そして幸福阿吽教の願いであり、為すべき使命なのです!!」
完全に寝落ちた女性を2人のスタッフが背後から支え、その正面に立つもう一人の女性が頬を叩き、無理やり枡を彼女の口へと傾ける。
「ほら、起きなさい! 高槻先生の尊い話に耳を傾けるのです!
さぁ、お神酒を飲んで!!」
時間が経てば経つほどに、お神酒を飲んでいないスタッフも眠気で意識が朦朧とし、ストレスが溜まっていく。その捌け口は自然とここに集められた通いの信者と出家信者の家族たちへと向けられる。
「もうっ、ここで吐かないでよ! 誰が掃除すると思ってんの!!」
言葉遣いが乱暴になり、背中に蹴りが入った。
密室空間となっている大部屋に饐えた臭気が漂い、それが更なる吐き気を産み出す。気分が悪くなるのは、そのせいだけではない。
「アハハハハハ、楽しいぃぃぃっっ!!」
「あぁ、高槻先生!! 先生が、ここに、ここにぃぃぃいらっしゃるぅぅ」
「見え、見える……みんなの、オーラがぁぁ!! あぁっ、凄い! 凄い、奇跡だわぁ!!」
狂気の世界が、そこには広がっていた。
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